世界よ、愛しています

*15

いつも、いつも、守るつもりが守られて、己の無力を嘆いていた。
大局が見えない訳じゃない。戦う力がない訳でもない。それでも、どれだけ注意していても、気が付くと手の平からぼろぼろと大事なものが零れ落ちていく。
もっと、もっと強くあらねば。誰にも守られずとも立っていられるように。大切なものを守れるように。
何一つ失わないように――

「…ッうわあぁあああ!!」

悲鳴と共にマルスは飛び起きた。飛び起きて、辺りを見回し、次いで自身の体を見下ろした。先まで、自分は森の中にいたはずだった。そして自分以外にも何人かの仲間がいたはずである。
しかし彼が倒れていたのは、石造りの古びた小城である。散在する武器の破片や、突き刺さる矢を見るに、その役割は既に失われているようだが。

「アイク…アイク…!誰かいないのかい?返事をして…!」

泣きそうになりながら、マルスはよろよろと進み、隔壁に手を付いて辺りを見渡した。思わずひゅ、と息を呑む。荒涼たる景色が視界に飛び込んでくる。彼がいたのは、荒野に建つ砦だった。

「…どこだ…ここは…」

爆発に巻き込まれて、死んだのだと思っていた。或いはアイクに庇われて、自分だけが助かったのかとも思ったが、どうやらそんな次元の話ではなさそうだ。見張り場に立って荒野に目を凝らしてみるが、見覚えのある景色も、仲間の姿も一向に見えない。荒れ果てた大地には痛ましい戦の跡が残り、生き物の気配が全くと言っていいほどなかった。
そんな中に唯一動く物を見つけ、マルスは目を細める。銀製の円盤に乗って浮遊する、緑色のローブを被ったそれは、見紛うはずもないエインシャント卿である。遥か遠く、ようやく姿が視認出来るほどであるが、エインシャント卿もまたマルスの存在に気付いたようだった。身構えるマルスを、しかしエインシャント卿は一瞥しただけで飛び去っていく。
何故、と不審に思う間すら与えず、エインシャント卿が飛び去ったあとの荒野で閃光がひらめき、ドーム状の青い爆炎が上がった。――爆弾だ。
大地の振動を足に感じ、マルスはますます表情を険しくする。何故何もない荒野で爆弾を起爆させる必要があるのか、彼には分からなかったが、それでも良くないことには違いない。目に余る横暴が眼前で繰り広げられているのに、手の届かぬのがもどかしい。

エインシャント卿は、マルスの存在を全く無視していた訳ではなかった。爆炎の周りの大地が陽炎のように揺らめき、地面から湧き出るように没個性の兵隊たちが現れた。見た目は玩具のようで、、それを構成するパーツは頼りない。しかし皆手に手に武器を持ち、殺気を放ってマルスを見上げていた。それが一路マルスのいる砦を目指して行進してくる。
が、マルスはそれを見つめ、無意識のうちに口角を吊り上げていた。

(この程度の雑魚が、僕の足止めになるとでも?)

恐らく敵ではあるが、逃げていくエインシャント卿ははぐれた仲間の行き先を知っているかもしれない。或いは、今向かってくる没個性の軍に口を割らせることが出来れば、マルスの知りたいことが知れるかもしれない。
そして何より、現状ではタブーに繋がるのは唯一エインシャント卿のみである。

不幸中の幸いとでもいうのか、マルスは全く手詰まりではなかった。

剣を抜き、天に向けて掲げる。砂埃が立ち込め、日差しの届かぬ荒野に、しかしその時ばかりは燦然とファルシオンが輝いた。

「二度と奪わせたりしない…みんな、見ていてくれ!」

誓いを立てるように叫び、束の間天を仰いで祈る。そうして、マルスは剣を構え直すと向かってくる亜空軍の群れに飛び込んでいった。


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