あの世界の正否を確かめて
*序2
トキを探して屋敷をうろつく事半刻ほど、広い屋敷に増えた住人を思えば人探しに難儀するのは何らおかしいことではなかったが、それにしても目当ての人物が見当たらないのでマルスは途方に暮れていた。通り過ぎる仲間を捕まえてはトキの行方を尋ねてみるも、誰もが知らない、見ていないと返すのみ。大乱闘の疲れもあって、マルスは小さくため息を吐くと談話室のソファに腰を下ろした。
「どうしたんだい」
そんなマルスの後ろを、書庫から持ってきたであろう本を腕に抱えたシュルクが通りすがりに覗き込む。研究員とはよく言ったもので、この世界に来ても新しく覚えたこと、引っ掛かりを覚えたことはどこまでも調べ尽くしてしまわねば気の済まない性分の青年である。そんな彼の抱える難解な文字の並んだ本の背表紙を逆さに読みながらマルスは惰性で尋ねた。
「リンクを探しているんだ。見当たらなくて…知らないかな?」
「リンク…真ん中分けの方の?」
「そう」
既にこの屋敷にはリンクの名を持つファイターが4人住まう。それぞれに呼び分けるためのあだ名があるが、マルスはその呼び名を使っていない。しかし記憶力のいいシュルクは、マルスの微妙な呼び分けを覚えていたのだろう。的確にマルスの探し人を言い当てて、ふむと思案するように天井を見つめた。
「今日は勝ち抜き戦に挑戦すると言っていたよ。昼前からやってるはずだから、もう終わっててもいい頃だけど」
「彼も終点にいたのか」
勝ち抜き戦とは、4人で行う大乱闘ではなく、マスターハンドの用意した課題をクリアしていくミニゲームである。課題を全てこなしてクリアすると、最後にご褒美としてマスターハンド本人と戦う権利が与えられる──そして気まぐれに乱入してくるクレイジーハンドの相手をもすることになる──というものだ。観客への見世物としての側面の強い大乱闘とは打って変って、こちらはファイターの自己鍛錬やシュミレートといった面の強いものになる。無論、それもまた映像記録されていて、後日編集したものを配信する貴重な広告源となっているのだが。
それなら迎えに行った方が行き違いにならないだろう。マルスは立ち上がるとシュルクに礼の言葉を述べて、終点へと向かった。
程なくして、終点の扉を開いたマルスは、宇宙空間を模した部屋へと足を踏み入れる。絶え間なく景色を変化させるその部屋は、夜空の煌めきを映し出したかと思えば、次の瞬間には真昼間のような光溢れる映像へと様変わりしており、眺めている分には飽きが来ない。以前までは、これほど変化に飛んだ場所ではなかった気がするのに、とぼんやりとそれを見上げながらマルスは虚空に呼びかけた。
「マスター、ここにリンクはいるかい?」
姿はなくとも、マスターハンドはこの世界の管理人である。どこにいてもマルスの声など聞こえているはずで、それが世界の中枢なら尚更だった。依然、姿は見せないままだが、予想通り、普段の調子でマスターハンドから返答があった。
「やあ、マルス君。確かにリンク君はここにいるよ」
「リンクに会いたくて」
「ああ」
合点がいった、というように呟いて、マスターハンドは言葉を切る。何か他の作業に着手したのだろう。もしかしたら、それがトキの勝ち抜き戦処理であるかもしれない。マルスはその作業を邪魔しないように黙って待っていた。いくらもしないうちに、終点に用意されていた転送装置に人影が現れる。緑衣を纏う金髪の青年、こと時の勇者リンクである。
トキと呼ばれる彼は、しばらく辺りをきょろきょろと見渡したのち、視界の端にマルスの姿を認めてパタパタとこちらに寄ってきた。トキを労おうとして、マルスは普段と様子の違う彼に初めて気が付いた。
「リンク、おつかれ…、どうかしたのかい?」
「ああ、マルス。ええと…」
トキはマルスに懐いている。見た目よりも実年齢はかなり低いトキの生い立ちから、彼は頼れるオトナという存在に対する依存心が強いのだ。マルスはそうしたトキの認める数少ない「頼れるオトナ」であり、同時に長くこの世界で共に過ごした友人である。そんな彼がマルスの姿を見れば、大抵は犬が飼い主を見つけたときのように尻尾を振って喜ぶような反応を見せるのが常である。無論、彼に尻尾はないが。
しかし、トキはマルスの姿を認めて、真っ先に困惑の表情を見せた。
トキは言葉を探すように数度口を開き、しかし適切な言葉が見つからなかったようで眉を顰めて首を傾げた。彼にも何が起きているのかよく分かっていないようだった。
「実は、勝ち抜き戦をしていたのですが、途中で終わってしまって」
「負けちゃったってこと?」
勝ち抜き戦を終えるには、全ての課題を勝利してクリアするか、あるいは負けた際にマスターハンドにリタイアを宣言するしかない。トキは首を横に振った。
「最後まで進んで、マスターハンドとの戦闘に入ったのですが、なにやら調子が悪いとかで」
「いやぁ、ごめんごめん」
ふいに実体を現したマスターハンドが、マルスとトキの側まで飛来してそう言った。空飛ぶ巨大な白手袋はどこまでも無機質で、調子が悪いようには見えないし、そもそも調子がいいときがあるのかも判然としなかった。
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ、うん、多分ね」
ひどく曖昧な返事が返ってくる。マルスとトキは顔を見合わせ、もう一度問い直した。
「調子が悪かったって、何の調子が悪かったんだい?マスターハンド?」
「いや、私は元気だよ!ただ、私と戦う時の大乱闘のプロトコルがね」
マスターハンドは言って、マルスとトキの反応の薄さに咳払いをして続けた。
「…大乱闘の時に、蓄積ダメージとか、撃墜数とか、管理してるだろう?あれが、なぜか上手く走らなくてね」
「それを、マスターハンドの調子が悪いと言うんじゃないんですか?」
トキは、嫌味ですらなく本気でそう思っている様子で指摘する。マスターハンドはがくりと転けるような仕草をして見せてからぶんぶんと手のひらを振る。
「違う違う、大乱闘の仕組みは、もうだいぶ前に固定化していて、逐一私の匙加減で何かが変わるような運用はしていないんだよ。だから、私がたとえ瀕死の状態でも、大乱闘自体は遊べるってわけ」
その証拠に、私がタブーに囚われている間も大乱闘できただろう?となぜか誇らしげに問うてくるマスターハンドに、マルスとトキはただ呆れたように溜め息を返すしかなかった。──そんな大乱闘の仕組みが、上手く作用していないのだから、それこそ一大事なのでは…という指摘を敢えて口に出さないと、この管理人に危機感は生まれないのかもしれない。
[ 4/4 ][*prev] [next#]
[←main]