ようこそ、世界へ

*30

シーダと共に城の者たちに見送られ、マルス、アイク、ロイの三人は連れ立ってアリティア城をあとにする。お互いに無言であり、口を開く者はない。ただ、マルスを間に挟んで歩くロイとアイクは、彼がいつ逃げ出すかも分からない、と警戒しているようでもあった。

「そんなに警戒しなくても…もう、逃げ出したりしないよ」

沈黙に耐えかねてマルスがそう言うと、しかしロイとアイクは困ったように顔を見合わせた。

「…すまん、そういうつもりじゃなかった」
「俺たちは…えぇと、なんて言ったらいいのか…」

アイクよりも、寧ろロイの方が言葉に詰まるのは珍しく思えて、マルスはじっとその続きに耳を傾ける。その反応にアイクは余計な口出しは無用と口を噤み、ロイは一層狼狽えた様子で目を泳がせた。

「なにかな」
「えーっと…その、だから、俺たちは…いや、俺は…マルスに何かして欲しい訳じゃない。こうあって欲しいとか、こうあるべきとか、そういうの、押し付けたくないんだ」
「うん」
「でも、俺は英雄王としてのマルスを尊敬してる。目標にしてる。…だから、どうしてもそういう“甘え”がマルスに伝わって、マルスはその通りに振る舞おうとしてくれるだろ」

遠慮がちにそう言うロイは、様々な恥じや外聞をかなぐり捨てての告白なのだろう、己の発言に酷く恥じ入っている様子で、肩を竦めながら悪びれたように指先を遊ばせながら俯く。

「それは、マルスが悪いんじゃないんだ。俺が未熟だから…、アイクとのことだってそうだ。俺は、ずっとアイクのことを僻んでた。俺が知らない間に、マルスと仲良くなって、亜空での出来事で親密になって…それで、焦ってたんだ。マルスが、取られてしまうと」
「ロイ」
「俺の知らないマルスが嫌だった。どこか遠くに行ってしまったようで耐えられなかった。だから、我儘を言ってマルスを困らせた。俺の知らないマルスでいてくれるなと、お前に無茶をさせた。…先にお前を置いて勝手に死んだのは、俺の方だって言うのに」
「……」

己の非を見つめることと、それを本人を前にして告解することの辛さはいかほどであるか、想像に難くない。しかし、それでいてなお、ロイは自分の行いを糾弾しうる良識を持った人間だった。
ロイは顔を上げ、真っ直ぐにマルスと見つめる。群青の瞳が、不安と恐怖に震えているのがマルスにとって酷く印象的だった。

「悪かった、マルス。お前を一人残して死んだこと。お前の弱みを理解しようとしなかったこと。アイクに八つ当たりをしたこと。…反省している」

しゅんと項垂れるロイの活発な毛色の赤髪が、この時ばかりは萎れたようだった。体格こそ小柄な少年のロイであるが、彼の様子は叱られた大型犬というのが最もふさわしいように思えた。無論、マルスはロイが悪いなどとは微塵も思っていないが、彼の謝罪を受け入れなければロイの立つ瀬もないだろう。恥を忍んで己の至らぬ点を洗い出してくれた彼にそれは失礼というもの。となれば、マルスも認めなければならない。

「…それを言うなら、僕も謝らなくてはならない。アイクも、聞いてくれるかい?」

言わずとも、二人の会話にじっと耳を傾けていたアイクは無言で頷く。改めて背筋を正すロイに向き直り、マルスは続ける。

「確かに、僕はロイの“英雄王たれ”という期待を常に感じている。でも、それは決してロイのせいではないんだよ。僕は初めて君に出会ったときから、君に対して“そう”振る舞ってきた。君の前では弱みなど見せなかった。だって、誰かの期待は僕を強くするから。英雄王は、人に望まれて初めて力を得られる群の英雄なんだもの」

ロイはそれを「甘え」と呼んだが、甘えていたのは他ならないマルス自身だ。

「僕はロイに期待されていたかった。ああ、勿論リンクにもね。二人の前では頼れる英雄王でいたかった。だから、君たちが僕に依存してくれればいいと思っていた。…僕たちは、共依存の関係だったのだろうね」
「それは…」

違う、と言いたげなロイの表情であるが、それを首を振ってマルスは制する。謝らなければならないことは他にもあった。

「タブーの襲撃のこともそうだ。僕は、あの時本当は諦めていた。みんな一緒に死ぬのだと、そう思っていた。それならせめて、僕より1分でも1秒でも長く、君たちに生きていて欲しいと思った。…僕は、君たちが死ぬところを見たくなかった」
「マルス……」
「ロイの謝罪は、勿論受け入れる。その上で、僕の謝罪も聞いて欲しい。ロイ、すまなかった。僕の我儘で君を混乱させた。どうか、今回の件はお互いさまということで、赦してもらえないだろうか?」

深く頭を下げるマルスを前に、ロイは慌てた様子でその肩を掴む。

「許すも何も…!顔を上げてくれ、マルス!そんなの、謝ることじゃない…!」
「ひどいなぁ、ロイは。自分は散々謝っておいて、僕の謝罪は受け入れてくれないのかい?」
「あ、いや、そういうことじゃ…」

しどろもどろになるロイに小さく笑って「冗談さ」とその腕を叩く。そうしてマルスは、今度はアイクに向き直り、その目を見た。いつも真っ直ぐにマルスの心の奥底まで見透かす彼の瞳は、今日もいつものように凪いでいる。

「アイクも…悪かった」
「そうだな、色々あった」

アイクの声は固かったが、それは不機嫌の証左でないことをマルスは既に理解している。怒っている訳ではなく、事実としてそうなのだと彼は言っているに過ぎない。一瞬、ロイの表情が険しくなったが、それは軽く目配せして諫めておく。

「君には散々八つ当たりをしてきた。ロイとの仲がうまくいかないときも、目が見えなくなったときも、君は僕を心配してくれて、僕の最善を考えていてくれていた。それなのに、部屋を追い出したり、怒鳴り散らしたり…」
「そんなことは特別気にしていない」
「本当に?」

人の深淵を見透かすのは、なにもアイクの専売特許ではない。そも、相手の顔色を窺い、相手の考えを読み解くのはマルスの得意分野と言える。マルスが畳みかけると、アイクは少しだけ言葉尻を濁した。

「…気にしていないというのは違うかもしれない。…正直、かなり凹んだ」
「ごめん…」
「…本当は、それもマルスが謝ることじゃない。…俺も、お前に言っておくべきことがある」

ぽつぽつとアイクがしゃべり出すので、マルスは黙って頷いた。寡黙だと評される彼の人となりは、しかし付き合いが深くなればなるほど当てはまらないように思えた。

「何かあれば、お前は一番に俺のところに逃げてくると思っていた。そうあって欲しいとさえ思っていたかもしれない。だが、お前は、逃げることよりも英雄王という肩書を貫き通すことを、ロイやリンクの言葉を優先した。それだけマルスが大事にしていたものを、俺は分かっていなかった。…俺の独りよがりで、勝手に凹んでいた。それはマルスが責任を感じることじゃない」
「そんな…まぁ、…そうか…」

アイクの言葉を否定しかけたマルスだったが、それを聞き出したのはマルス自身なのだ。やはりこれも、受け入れるべき事実なのだろうと彼は喉まででかかった声を呑み込む。マルスの反応にアイクはやや緊張を解いて、いくらか和らいだ表情で続けた。

「つまり、なんだ。こちらもお互いさまというやつだろう。マルスが怒っていないなら、俺もそれは嬉しい。できれば部屋も、元に戻してほしいんだが」

解消された相部屋のことである。そんなこと、とマルスは表情筋を緩めた。

「勿論、元の部屋に戻っておいでよ。大体、家具だってそのままだし、荷物もほとんど置きっぱなし――」
「いや、ちょっと待て!!また相部屋に戻るっていうのか!?それとこれとは話が違うんじゃないか!?」

突如大声で割って入ってくるのはロイである。驚くマルスとは裏腹に、小さく舌打ちしてからアイクが「せっかく話がまとまりかけていたのに水を差すな」といつもの仏頂面で呟くと、さらに烈火のごとくロイの語調が荒くなる。

「どさくさに紛れて既成事実化させようとしてんじゃねー…いや!確かに今回の件でテメーには色々悪かったと思ってるけどよ、でも俺はマルスとお前の相部屋を認めた訳じゃないからな!」
「別にアンタの許可なんて必要だと思ってない」
「ハァ〜??俺が認めてないのはテメーのそういうところで…!!」


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