ようこそ、世界へ

*28

マルスはぽかんと口を開けて首を傾げた。何事かを考えるように視線を泳がせて、口をぱくぱくと動かしたのち、彼はうつむいて囁く。

「…そう、僕が悪いんだ。アイクとロイに、それからみんなを困らせてる。きちんとしていなければ――」
「ああ、違う違う」

何にも分かってないな、とマリオが溜息を吐く。マリオは座り込んだマルスの腕を掴み、立ち上がらせると服の埃を払い落してその背中をばしりと叩いた。

「あのな!お前は我儘言っていいの!」

見ろ、と目の見えないマルスに向ってマリオは続ける。しかし彼の言わんとするところはマルスにも分かる。皆の視線を感じていた。どれだけ集まっているのか分からないが、マルスの仲間たちがこちらを静かに見守っているのは分かる。

「我儘言っていいし、つらいときは辛いって言っていいし、嫌なことは嫌だって言っていい。ここにはならなきゃいけない王様の姿なんてない。お前がなりたいマルスでいればいい」
「ぼ、僕は…英雄王で…」
「それもマルスがなりたい姿の一つだろ。でも、一つじゃなくてもいいじゃないか」

マリオの言葉を聞いて初めて、はるか遠くに光が見えた気がした。見えないはずのマルスの目が、そのとき確かに何かを捉えたのだ。
ふとマリオの視線がアイクとロイに向く。二人はぎくりと肩を竦めて縮こまったが、マリオは別に怒ってる訳じゃないと前置きして続けた。

「誰かが悪いとは俺は思わない。いずれこうなってたはずだ。だから、いい機会だぜ。言いたいことも言えないような関係では、もうお前たちはないだろ?」

アイクとロイは気まずそうに顔を見合わせる。二人はどちらともなくマルスに歩み寄り、おずおずとその前で立ち止まった。
先に口を開いたのはロイだった。

「マルス…その、今まで悪かった。俺は、これからもずっと、お前とともだちでいたいと思ってるんだ」

少しは、剣や政治の師事を仰ぐかもしれないけれど、と付け加えてロイは気恥ずかしそうに俯く。
次いでアイクがその沈黙を破る。

「俺も…悪かった。お前の意見を聞かなかった」

アイクの短い謝罪ののち、二人は助けを乞うようにマリオを見る。何でこっちを見るんだ、と呆れたようにマリオが言って、マルスの背中を再び叩く。

「ホラ、二人がこう言ってるぞ。お前からも何か言うことがあるんじゃないのか?」

マルスは二度目を瞬いて、それからマリオを見、ロイとアイクを見た。はっきりと視線の合ったことにロイとアイクが驚く中、マルスは口を開き、それを閉じ、一歩後ずさったかと思えばそのまま踵を返して走り出した。
走って、見物に来ていた仲間を押しのけ、手近な扉を――終点へと続くそれである――引っ掴むと乱暴にそれを開けて中へと滑り込む。あまりにも突然の出来事に誰も制止の声を上げることさえ叶わず、ただただ呆然と成り行きを見つめてその場で立ち尽くした。

「…え?」

マリオでさえ、予想外の展開に付いていけず、気の抜けたその声だけが廊下にこだました。

逃げ出した当のマルスでさえ、自分が何をしようとしているのか、はっきりとは理解していなかった。ただ、あの場から逃げ出しさえできればそれで良かった。それは当初からのマルスの望みで、しかし問題の根本的な解決にはならないことも理解していた。
どうすればいいのか、漠然と理解している。ただそれを受け入れる心の準備がマルスにはないのだ。これまで求められるままに英雄王を演じてきたマルスにとって、赦されて自由に振る舞うことは未知の世界に飛び込むのと同義である。皆の望む姿がマルスの望む姿だ。それ以外には知らない、知らない、分からない!

「どうしたのかな?」

暗闇から落ち着いた声がして、白い巨大な手袋が浮かび上がる。この世界の創造主にして管理人でもあるマスターハンド。当然これまでの成り行きさえ全部知っているくせに、彼は素知らぬ調子でそう嘯いた。

「何か用があってきたんだろう?」
「…転移(ワープ)を!」

激しく動揺しているせいか、祖国の魔法名で言ってマルスは訴えた。

「早く、早く僕をアリティアに!ここじゃない世界へ!」
「…では、転送装置に乗って」

何も聞かず、何も言わず、マスターハンドはマルスの望む通りに転移の準備を整えてくれた。慌ててマルスが転送装置内に駆け込むのと、状況をようやく呑み込んで彼の仲間たちが終点へと雪崩れ込んできたのはほぼ同時だった。

「…マルス!」

悲鳴に近い声でロイとアイクが同時に叫ぶ。しかしマルスは答えずに、転送装置の端に張り付きながら怒鳴った。

「マスター!転移を!!」
「ああ、良い旅を」

パチンとマスターハンドが指を鳴らすと、瞬時にマルスの身体は終点から掻き消える。当然そこには何も残らず、遅れてやってきたロイとアイクがその残滓を探そうとしたところで徒労に終わるのは目に見えている。とはいえ、二人は状況を悲嘆することはなかったし、マスターハンドを責めることもしなかった。お互いに顔を見合わせ一つの了解に至ると、マスターハンドを見上げ、どちらともなしに言った。

「マスターハンド、俺たちをアリティアへ!」


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