世界よ、愛しています
*電気鼠の話1
『ねぇ、こんなのってないよ。何かの間違いだよね…!?』
ピカチュウはじりじりと後退りながら掠れた声で懇願した。それを大股で追い掛けるのは、容貌魁偉の魔王。魔王の後ろには見知った顔が多数控えるが、そのどれもが助けてくれるような雰囲気でない。
更にその後ろ、亜空に漂うそれを、ピカチュウはおぞましいものでも見るように睨み付けた。睨まれた方は、まるで気にした様子もなく、高みからピカチュウを見下ろす。
しかしそれがそのまま彼らの力関係であった。
「無駄なことを」
それは無機質な声で呟いた。ピカチュウは四つん這いになって唸り、毛を逆立てる。頬の電気袋から電撃を迸らせて、臨戦態勢に入るが、肉薄してきたガノンドロフがピカチュウを押さえつけ、一矢報いることすら出来ない。
ピカチュウはガノンドロフの手で床に押し付けられながら、甲高い声で喚いた。
『ねぇ!なんであんな奴の言葉を信じるの?僕たち、仲間じゃない。どうして戦わなきゃならないの?!』
「黙れ」
地の底から響く重低音で、ガノンドロフが命じる。ピカチュウは縮み上がり、しかし口を閉じなかった。
『だ…黙ってあげないんだから!ガノンおじさんも大人げないよ。マルスに怒ってるからって、こんなこと――』
「貴様は何を勘違いしている?」
ガノンドロフは哀れな電気鼠の体を持ち上げ、宙吊りにしてみせる。ピカチュウはちゅーと鳴いて再び竦み上がった。
その様を見て、ガノンドロフは魔王の名に恥じぬ凶悪な笑みを浮かべた。
「儂は何者の言葉も信じぬ。儂の行動を決めるは常に我が心のみ。貴様の思うような浅い理由ではない」
『それって……――』
ピカチュウの黒い眼が僅かに見開かれる。しかし、そのまま彼は抵抗を諦め、ガノンドロフの手の中でぐったりとうなだれるのだった。
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