ようこそ、世界へ

*27

蹲るマルスを見て、ロイとアイクが心底困っているのがよく分かった。普段のマルスなら、こんな駄々をこねて友人を困らせることを良しとはしないし、そもそも癇癪なんて起こしはしないのだ。何をどう取り繕えばこの場が丸く収まるのか、マルスは働かない頭で懸命に考える。考えているつもりだったが、思考は全くまとまらず、ただただ一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちが募っただけだった。

「な、なぁ、マルス…」

ロイが遠慮がちに声をかけてくるが、それは唐突に扉が開く音に遮られる。転移装置のある部屋から、大乱闘を追えた仲間たちがわぁっと出てきたのである。彼らは廊下に出て、当然その真ん中で立ち尽くすアイクとロイ、そして蹲るマルスを見つけて立ち止まる。全員が不思議そうに彼らを見ていた。なんと説明したものか、と目を見合わせるロイとアイクに、最後に出てきたマリオが首を傾げながら言った。

「なんだ、喧嘩か?」

アイク、ロイの両名はマリオを見、もう一度お互いに目を見合わせた。

「多分…そう…かな」
「マルスを怒らせてしまった」

しょぼくれて肩を落とすアイクとロイは、普段の数倍小さく見える。なんとかしてあげて、と声をかけるのは、同じく大乱闘を終えて部屋から出てきたナナだ。子供にすら同情されるほどに、彼らは意気消沈していたのである。
マリオは一つ溜息を吐き、マルスの方に歩み寄って、そのそばにしゃがんだ。

「…だそうだが、お前はなんで怒ってるんだ?」

マルスは顔を上げる。視界からの情報が遮断されている分、マリオの声は責めるでもなく、詰るでもなく、ただ情報整理のためにその質問をしたことが伝わってくる。それまで感情的にしか物を言えなかったマルスは、その落ち着きのある声につられてゆるゆると口を開いた。

「僕は…僕は、英雄王だ…強くなきゃいけない…皆を守らなければならない…。でも、アイクとロイは、それをやめろって言うんだ」
「うん」
「今まで通りでいいのに、アイクが僕の嘘を見抜いてしまう…ロイが騙されていてくれない…完璧でいられない」
「ふぅむ」

マリオは考え込むように顎に手を添える。彼はマルスの発言に対して特に否定も肯定もせず、再びアイクとロイを見た。怒られる、と反射的に身を固くするアイクたちだったが、マリオの口から発せられた声は、マルスにした質問とほぼ同じトーンだった。

「で、お前たちはマルスにどうして欲しいんだ?」

どうって、とロイが口ごもる横で、アイクが答える。

「無理をして欲しくない」

こんな細腕に抱えきれないほどの重責と人の命を支え切れるものか、とアイクは思う。それをこれまでやり遂げてきたのは、ひとえにマルスが己を犠牲にしてきたからだ。人はそれを王の器だとか英雄の資質だと褒めそやしたが、それは果たして彼の本質なのか。仲間想いで心優しい、少し気弱な青年こそが彼の正体だと信じて疑わないアイクである。

「英雄王だとか、責任だとか、そんな言葉でマルスを縛りたくない。力を抜いて欲しい」
「はぁ、まぁアイクならそう言うだろうなぁ」

何故か納得した様子でマリオが頷く。これはマリオの援護射撃が見込めるのでは、とアイクが一瞬表情を明るくしたが、マリオは次いでロイの方を見て「ロイは?」と尋ねる。ロイは狼狽えた様子で視線を泳がせたが、胸の前で指を遊ばせながら言う。

「俺は…マルスが期待することをしてやりたい。マルスがそれで喜んでくれるなら」

マルスが辿った軌跡を、彼が残した功績を、王たる矜持と誇りをロイは知っている。マルスが責任に押し潰されそうなことなど勿論分かっている。だが、それでも彼は期待されれば立っていられるのだ。ロイが期待しなくなれば、英雄王としてのマルスは死んでしまう。それは彼の生き様の否定に他ならないと、同じ為政者であるロイは確信を持って言える。

「そうだな、ロイはこれまでもそうだったから」

これにもマリオは頷きながら呟く。次なるマリオの言葉を、アイク、ロイ、そしてマルスまでもが固唾を呑んで見守った。冷静な第三者である彼の言葉が己の意見を肯定し、相手を説き伏せてくれることを三者がそれぞれに期待していることがひしひしと伝わってくる。マリオはそんな彼らを順に見返し、腕を組んで一言、言った。

「いや、なんでお前ら喧嘩してるの?」

…間。

「えっ」
「要するに、マルスは英雄の自分を見失いたくない。アイクはマルスに無理をさせたくない。ロイはマルスの望むことをしてやりたい。これって共存できない話か?」
「………???」

マルス、ロイ、アイクの三人は間の抜けた表情で固まっている。だから、とマリオは指を立てて三人をそれぞれ指す。

「俺が思うに、英雄王のマルスも、そうでないマルスも、どちらもマルスの本質だと思うぞ」

マリオはマルスに向き直る。いつでも全てを見通したような目で状況を俯瞰していた彼も、マリオにとってはまだまだ少年の域を脱しない子供である。ここまで追い詰められるほどに彼が生きづらさを感じていたなら、もう少し早く言ってやれば良かった、と後悔は尽きない。
そう、至極簡単なことなのだ。誰でも当たり前にできていることで、それ故言わずとも気付くだろうと静観してきた。ところが、当事者たちは視野が狭まるばかりで誰もその可能性に気付かなかった。いいか――とマリオは言い聞かせるようにマルスに告げる。

「王様でいたいときは、そうしたらいい。ロイがお前に王の在り方を思い出させてくれる。それに疲れたら、王様をやめて休憩したらいい。アイクがお前の頑張り過ぎを諫めてくれる。それが許されるんだよ、この世界では」


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