ようこそ、世界へ

*26

「な、なんで…」

後ずさろうとするマルスの腕を、しかしアイクは離してくれなかった。
ロイとアイクは不仲だった。例え行く方向が同じだからと言って、仲良く並んで歩いたりするような仲ではなかったはずだ。それはマルスとアイクの相部屋が解消されてからも変わらなかったはずで、つまり今目の前にいるこの二人の組み合わせは全く想定外である。
ロイは僅かに返答に詰まった様子だったものの、そのあとすぐ口を開いた。

「このままじゃ、良くないと思って。どうしたらいいか、こいつ…アイクと相談してたんだ」
「そ、相談?君たちが?」
「…俺とアイクの仲が悪いと、マルスが色々気を遣うだろ?」

ロイが言いにくそうにそう告げた。それは否定しない。ロイとアイクが衝突するから、マルスはアイクとの距離を置くことに決めたのだ。しかし、その気遣いをただ享受するだけのロイではないことに、もっと早く気付くべきだった。彼の本質は実直で正義感に溢れる聡い青年なのだから。

「大体、なんではこっちの台詞だよ。どうして、そんな大事なこと隠そうとするんだ、目が見えないなんて大変なこと」

ロイの悲痛な声が耳に痛い。こうやって心配されるのが嫌だったから言わなかったのだ。心配されて、頼りないと思われて、守られてしまうのが嫌だった。マルスは目いっぱいの愛想笑いを返す。

「大したことないんだ、一時的なものだし、言うまでもないと思って」
「……」

期待した反応は得られなかった。それどころか、ロイもアイクもどこか呆れたような溜息を吐く。いつも味方でいてくれたはずのアイクも、今は助け船を出してくれる様子はない。それもそのはず、アイクを追い出して勝手に孤立無援となったのはマルス自身なのだから。
ロイが再び口を開いた。

「…俺、あれから色々考えたんだ。今までの俺たちのこと、アイクが話すマルスのこと、これからの俺たちのこと…」
「あ、アイクが君に何を言ったか知らないけれど、それは君の気にすることじゃないよ!」

何を聞いたか知らないが、それがマルスにとって都合のいい話であるはずがない。今更遅いと分かっていながら、マルスはそう叫ばずにはいられなかった。
当然、ロイはマルスの言葉に納得などしてくれなかった。

「そうやって、マルスはずっと、俺に弱みを隠してきたんだろう?そんなこと、俺だって分かってた。でも、マルスが知られたくないと思ってるうちは、俺がそれを指摘しちゃいけないんだって思ってた」
「ロイ…ロイ…僕は」

強要されて、嫌々やってきた訳じゃない、とマルスの心が叫んでいたが、それを声に出す気力はなかった。期待されて、無理をして、実力以上の力を出して生きてきたのは、他ならぬマルス自身が望んだことだ。これが英雄王の生き方なのだ。ロイやトキ、或いは他の仲間たちから寄せられる期待は、それだけマルスの負担になったが、同時に力にもなっていた。これがなければ、マルスは数々の困難を打ち砕くことはできなかっただろう。

「…いつも、お前がなんとかしてくれるって、お前なら大丈夫だって、勝手な期待を押し付けてきた。それじゃ、ダメだったんだよな…?」
「そんな…そんなこと、思ってない…」
「苦しいときに、苦しいって言わせてやれなくて、ごめんな。助けて欲しいって、言わせてやれなかった。ずっと一緒にいたのに…ごめん」
「………」

全く、ロイの謝罪は見当違いだ、とマルスは思う。いつものマルスなら、5倍にして言い返すことができただろう。しかし、今のマルスには一言も反論の言葉が見つからなかった。それどころか、今すぐ逃げ出したい衝動にさえ駆られていた。何も考えられない。思考がまとまらない。怒鳴り散らしたい。泣き出したい。逃げ出したい。
逃げ出すことは叶わなかった。片手で剛剣を振るうアイクの腕が、マルスの腕をしっかりと掴んで離さないからだ。こういう時、真っ先にマルスが逃げ出すことをアイクは知っていたからだろう。
目が見えない。仲間に不調を悟られたくない。みんなの前では完璧な英雄王でいたい。弱みなんてみせてはならない。仲間を騙している罪悪感。みんなに心配をかけたくない。アイクとロイの不和を取り持たないと。殴られてかわいそうなロイ。僕が守らなきゃ。彼を不安にさせてはならない。アイクの前では嘘が付けない。全部見抜かれてしまう。それをロイが知ってしまった?どうしよう、どうしたら、どうすべき……。

「俺、もっと頑張るから…!マルスに頼ってもらえるように、マルスが俺にも弱音を吐いてくれるように、強くなるから、だから…」
「…嫌だ」

マルスは、気配を探るのを止めた。誰がどんな反応をしていようが、もう関係なかった。これからどうなるかなんて、知ったことか。逃げ出したかったが、逃げ場なんてどこにもないのだ。逃げ出せないなら、この行き場のない気持ちはどこに吐き出したらいいのか。誰に言えばいいのか。――なんだっていい!ここじゃないどこかに、抱えきれないこの気持ちを投げ出してさえしまえれば!

「嫌だ嫌だ嫌だ…全部嫌だ、ロイは弱いままでいいんだよ、僕に守られて、無事でいてくれればそれでいいんだ」
「ま、マルス?」
「僕より強くなって、それでどうするつもりだい?僕を守ってくれる?あの時タブーから庇ってくれたみたいに?…冗談じゃない!もう二度とあんな思いをするのはごめんだ」
「マルス、俺は」
「僕に頼って、僕に守られて、それで全く構わないよ!助けて欲しいなんて思ってない、いっそ一緒に死にたかった!君が、君たちがいない世界に、どれだけの意味があっただろう?」

喚き散らす自分の声を他人事のように聞きながら、マルスはもう自分の衝動が抑えきれないところまで来ていることを自覚する。それはかつて、ロイたちが死んでしまったと聞かされた時のような自暴自棄の状態とよく似ていた。

「大体、アイクもアイクだ、一体ロイに何を吹き込んでくれたんだ?君なら僕のして欲しいこと、分かってくれるだろう?なのに余計なことを言って、めちゃくちゃにしてくれた!とんだお節介だよ、本当に!」
「…いったん、落ち着け」
「落ち着いていられるかっ!僕は怒っているんだ!」

アイクにまで当たり散らして、なんて最低なんだと思うだけの理性は心の片隅にあったけれど、この衝動を抑えるには至らない。マルスは自分で言っていることが支離滅裂なことは分かっていたし、アイクやロイに何かを求めるのはお門違いなのだと分かっていた。
今更になってメタナイトの言葉の意味が身に染みる。英雄王という生き方は、統べる国もなく、守る民もいないこの世界には見合わない生き方なのだ。間違っているのはマルスの方なのだ。それをこれだけ友人たちを振り回し、仲違いさせ、余計な心配までかけて、そうまでして守るものなのか…。

「ああ…もう…めちゃくちゃだ!こんな僕じゃあもう英雄王に戻れない、誰も守れない、強くなれない…!」

マルスはその場に膝を付いて蹲る。まだアイクは手を離してくれないが、そんなことはもうどうでも良かった。慕ってくれるロイの前で醜態を晒し、心配してくれていたアイクの厚意をつっぱねて、もうこの世のおしまいのようだった。ロイには失望されるだろう。恐らくトキにも。アイクだって愛想を尽かすに違いない。

「もう…だめだ…最低だ…」



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