ようこそ、世界へ

*25

じゃあねー、と元気に走り去っていくカービィの声を見送って、マルスはその場に立ち尽くす。まだこの場にはメタナイトがいるのだ。下手に挙動不審にしていては、マルスの不調など即座に見抜かれることだろう。
案の定、メタナイトはマルスの前を立ち去らず、その場で厳しい声を発した。

「マルス、大丈夫か」

心配している、というよりも、何か隠してはいないか、と探るような確認の問いかけである。マルスは開き直って目を逸らした。

「卿も、僕にアイクと仲直りをしろって言うつもりなのかな」
「仲直りをしろとは言っていない。きちんと話し合うべきだと言っている。…アイクもそうだが、ロイや、トキと」

え、と思わずマルスはメタナイトを見返してしまう。何故ここで、ロイやトキの名前が出てくるのか――との疑問がそのまま顔に出ていたのだろう、メタナイトはどこか呆れた様子で溜息を吐いて続けた。

「状況は常に変わっている。それが分からないお前ではないだろう。時は進み、人も進む。変わらぬままでいることはできない」
「…どういうこと?」
「ここは、お前の祖国ではない。旧世界でもない。新しい、我々の世界だ」

メタナイトの声は、いつの間にか父性すら感じられる、柔らかなものになっていた。

「今まで通りでなくていい、この世界に見合った生き方がお前にはあると思う。それを、彼らと探していくのが良いのではないか?」
「いき、かた…?」

マルスはぽかんと口を開けて固まる。生き方?この世界に見合った?
マルスの困惑も想定内だったのか、メタナイトはすたすたとマルスの横を通り過ぎると「まぁ、ゆっくり考えればいい」と言い残して遠ざかっていった。目が見えないことも忘れてその気配を頼りに振り返る。しかし、メタナイトは歩みを止めず、気付けば廊下にはただ一人マルスだけが残されていた。
メタナイトの言うことは、よく分からない。彼の発言はいつも難解だし、比喩と言外に込められた裏の意味がたくさん含まれている。今まで通りのマルスの生き方は、この世界に合っていないと言う。何故?マルスはこの生き方しか知らないのだ。誰かに求められ、誰かの声に応えて、そうして英雄王マルスは神話として語り継がれてきた。この生き方を否定されたら、一体僕に何が残るというのか……。

「…マスターのところに、行かなきゃ」

考えても今のマルスには分からないことだった。そんなことより、今はこの状況を解決するのが先決だ。例えどんな生き方を選択するにせよ、そつなくこなしていける自信はある。それにはまず、思い通りに動く体がなければならない。
マルスは壁を伝ってなんとか階段に辿り着くと、絨毯に足を取られつつも一段ずつそれを上っていった。階段を上がって、右に進んで、確か4つ目の扉がマスターのいる終点につながる扉だった。最悪、間違った扉を開けたとしても、上層階の部屋はほとんどが空き部屋で問題はないが、ただ大乱闘の予定の仲間が近くを通りかかると厄介だな、とマルスはぼんやり思った。壁伝いに歩くマルスはさぞ不自然だろうし、ロイやトキに見つかれば失明だとばれる可能性は大きい。階段を上がりつつ、周囲の気配にも神経を尖らせつつ、自然とマルスは足音を立てないように歩いていた。
普段はなんともない階段が、恐ろしく長く遠く感じられた。何度も躓いて、一段ずつ踏みしめているからなのだが、それが余計に緊張感を煽る。こんなことなら、屋敷中の階段の段数を把握しておけば良かった、とマルスが考えながら足を踏み出すと、しかし想定していた段差はなく、唐突に長い階段は終わりを告げた。上りきっていたのだ。かけるはずだった体重が行き場をなくし、マルスは無様に膝から崩れ落ちた。これは情けない、と内心苦笑していたマルスは、しかし突如かけられた声に凍り付いた。

「…だ、大丈夫か!?」

ぎょっとして声の方を振り向く。ロイの声。階段を上がった先の廊下にロイがいたらしかった。なんて間が悪い、とマルスは唇を噛む。よりによってここに彼がいるなんて。

「…あはは、格好悪いところを見られちゃったなぁ」

極力なんでもない風を装いながら、マルスは立ち上がって膝の埃を払う。その僅かな間に、マルスはいつもの愛想笑いを作り上げる。

「考え事してたら、躓いちゃって」
「マルス…」

ロイは明らかに動揺しているらしい声でマルスの名を呼んだ。微妙な間があって、ロイは誰かと一緒にいるらしいことに気が付いた。静かだが、確かに誰かの気配がある。しかし、その誰かが声を発してくれないことにはマルスにはその相手に見当も付かない。
早く話題を切り替えなければ、あわよくば、もう一人が誰なのか割り出さなければ、とマルスははんなりと笑って続けた。

「君たちは、大乱闘の予定かい?今日はチームかな」
「……」

返事がない。代わりに、誰かが歩み寄ってくる。きっとロイが、躓いたことを気にして、怪我でもないかと近くで見に来たのだろう、とのマルスの思考は引っくり返る。腕を掴まれて、捻り上げられた。何故、と思ったままが口から滑り出る。

「…ロイ!?何をするんだ!」
「マルス!」

目の前の人物は、声を発さなかった。代わりに先ほどの位置から動いていないらしいロイの悲鳴にも似た声が言う。

「また…目が見えなくなってるのか…」

そして的確にマルスの現状を言い当てる。――カマをかけられたのだ!さしずめ、先ほどの不自然な間は、黙っていろともう一人がロイに合図を送ったから生まれたものだろう。

「…え?ち、違うよ、今のは、間違えて…」
「じゃあ、今お前の手を握ってるのは誰か、言ってくれよ」

ロイじゃない。かなり大きい手だ。だが、ロイと共に行動している可能性が高い人物は一人しかいない。大丈夫、とマルスは自信をもって自分の手を捻り上げるその腕を掴んだ。

「…リンク、悪ふざけはよしてくれ。痛かったじゃないか」
「俺はリンクじゃない」

しかし、想定よりも高い位置から落とされた返答に、マルスは再び凍り付く。
アイクの声だった。


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