ようこそ、世界へ

*23

それから数日が経ったが、初日以来マルスにアイクのことを聞くものは現れなかった。反対に、アイクの方はどうしてこうなったのか質問攻めに遭っていたようだが、彼はあまり多くを語らず、一同の好奇心を満たしはしなかった。
ロイとトキは、アイクのことを気にしていたようだったが、彼は宣言通り、マルスにも、ロイたちにも近づかなかった。彼がどのように過ごしているのか、マルスは知らなかったし、敢えて知ろうともしなかった。彼が距離を置いてくれているのだから、こちらからそれを破る訳にはいかない。
少しずつ、マルスは自らが元の調子を取り戻しつつあることを実感していた。かつて、戦争の最中そうだったように、糸が張ったような緊迫感と背負う重責とが自分を強くしてくれる。今なら以前と同じように笑えるだろう。今なら以前と同じように戦えるだろう。
その実感は確信へと変わる。連日組まれる大乱闘の戦績において、マルスは人が変わったように他を圧倒していた。それまでどこか不安げだったロイとトキの表情も、いつの間にか尊敬と期待の眼差しへと変わる。そうだ、それでいいんだ。マルスもまた、その視線を感じて安堵する。彼らの存在が、彼らの期待が、マルスを英雄王へと変えてくれる。そうして初めて、マルスは何かを守れる剣となれる。

「マルス、今日の大乱闘もすごかったです!」

その日の大乱闘のスケジュールを終えて、マルスが仮想空間から帰還すると、トキが目を輝かせてそれを出迎えた。次の試合の順番を待っていたのだろう。彼はすれ違いにマルスの健闘を称え、「それじゃあ、私は次の試合なので」とそのまま転送装置に乗ると仮想空間へと転送されていった。それを笑顔で見送って、さて自分はシャワーでも浴びてこようかと踵を返すと、いつの間にか目の前にネスが立ち塞がっていた。危うくぶつかるところである。おっと、となんとか衝突を避けて、マルスは苦笑した。

「やぁ、ネス君。君も大乱闘の予定かな」

ネスは小さく頷いたが、ジト目でマルスを見上げると腰に手を当てて言った。

「ねえ、アイクと喧嘩してるんでしょ?仲直りしなくて、いいの?」

責めるような口調だが、彼が親切心からそう言っていることをマルスは理解している。心優しい少年は、屋敷に流れる不和の空気を快く思っていないのだろう。マルスは首を傾げた。

「みんな、喧嘩って言うけれど、僕とアイクは喧嘩した訳じゃないよ」
「でも、部屋は別々になってるじゃん。今もお互い避けてるみたいだし」
「…いつも一緒にいることが、仲良くなれる近道じゃないんだ」

そう、あれは喧嘩ではなかった。言ってしまえば、単なる意見の不一致だ。その不一致がお互い許容できないところまで来てしまったから、こうして距離を置いているだけで、アイクとこのまま絶縁してしまうとはマルスも思っていなかった。
英雄王マルスの在り方を、生き方を、アイクに知って、慣れてもらう必要がある。これはそのための時間なのだ。ネスはいまいちマルスの発言が理解できなかったようで眉間に皺を寄せたが、「次は君の試合だろう?」とマルスが指摘すると、慌てたように転送装置へと駆けだした。
しかし、今や屋敷中の皆が、マルスとアイクの間に流れる不穏な空気を案じている。そもそも、これは元々ロイとアイクの喧嘩であったはずなのだが、その発端を覚えている者は少なかった。
あんまり、皆に心配をかけるのも良くないなぁ、とマルスは溜息を零す。なんとかならないものか、と考えて、考えて、上の空で残りの一日を過ごす。結局その日は明け方になっても妙案は浮かばず、東の空が白む頃、マルスはようやくとろとろと浅い眠りについた。

翌朝、扉を叩く音で目が覚めて、ああ、久々に寝坊した、とマルスは布団の中で思った。辺りは暗い。それどころか真っ暗で何も見えなかった。もしかして、もう夜なのだろうかと考えてから、ぎょっとする。まさか夜でもここまで暗くはない。目が開いていないのか、と慌てて目元を擦っても、見える景色は変わらなかった。この状況にマルスははっきりと覚えがあった。
――また目が見えなくなっている。

「マルス?まだ寝ているんですか」

トキの声がする。寝起きの悪いマルスを起こすのは、かつてトキの日課だった。慌てて起き上がり、手探りで戸口を目指す。

「今、起きたところだよ。寝坊しちゃったなぁ」

声だけは平静を装いつつ、マルスはじっとりと背筋に嫌な汗がにじむのを自覚していた。また失明しただなんて、トキやロイに知れたらことだ。二人はまた、マルスに頼らなくなるかもしれない。マルスを庇うかもしれない。とにかく、この不調を悟られてはならない。
なんとか壁を伝って戸口まで辿り着く。極限まで神経を研ぎ澄まし、気配と音だけを頼りに扉を開く。

「やぁ、わざわざありがとう。もう朝食は下げられちゃったかな?」

当然、トキの反応はマルスに見えない。それでも、返ってくる声はマルスの様子を不審がることもなく、いつも通りのトーンだった。

「はい、とっくに。何か作りましょうか?」
「そうだね…」

ここで会話を切り上げて、これ以上ボロが出る前にマスターのところへ行くのが一番いいだろう。だが、理由もなくトキの厚意を突っぱねては、さすがの彼も不審がるはず。それに、このまま一人で入り組んだ屋敷を歩いて、無事マスターハンドのいる終点に辿り着けるかも分からない。誰かといれば、その気配を頼りに多少見えなくても行動できなくはない。
騙してごめんね、利用してごめんね、と心の中で謝りつつ、マルスはトキの声がした辺りを見て笑顔で頷いた。

「頼めるかな。久々に、リンクの料理が食べたいな」


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