ようこそ、世界へ

*21

そんなこと、お前に言われる筋合いはない、というのがロイとトキの率直な心境である。大体、マルスとの付き合いはロイとトキの方が圧倒的に長いのだ。マルスのことは、二人の方がずっとたくさん見てきているし、知っている。
ははは、と声を上げてトキが笑う。彼は嘲るように目を細めた。

「おかしなことを言いますね!私たちは、あなたがマルスに出会うずっと前からあの人のそばにいたんですよ。全部見てきました。あなたなんかより、長く、多く」

それまでじっと黙り込んでいたアイクには、何も言い返すことなどないだろう。そう確信していたからこそのトキの言葉に、しかしアイクは鼻で笑って切り返した。

「ずっと一緒にいた?よくそんなことが言えたな」
「は…」
「お前らはあいつが一番助けて欲しいと思った時に、そばにいなかっただろうが」

アイクの蒼炎色の瞳が、凶悪にちらついた。殺気に似た威圧感が彼らの立つ廊下に張り詰める。予想外の反論に、思わずトキとロイは言葉を失った。漠然と、彼を言い負かしたのだという気になっていた。何を言っても、彼は言い返してこないのだという安心感があった。それはとんだ思い違いだったのだ。度重なるトキとロイの挑発に、アイクもとうとう堪忍袋の緒が切れたといったところだろう。
マルスが一番助けて欲しいと思ったときとは、恐らく亜空の使者襲来で、仲間を失い、世界を失い、一人悲しみに暮れていたその時だろう。そもそも、マルスの悲しみはロイとトキの死が原因なのだ。それなのに、マルスのそばにいなかった、とはあまりに横暴な言いがかり。いや、卑怯な指摘ではないか。

「俺たちは…!マルスを助けるには、ああするしかなかったんだ!そばにいたくても、もうできなかった!」

命を懸けたその行為を、愚弄するようなアイクに発言に、しかしロイは腹の底が冷えるような感覚を覚える。アイクのデリカシーの無さに――ではない。これまで自分が目を逸らしてきた事実を突き付けられている気がしたからだった。
誰もが、二人の命を懸けた献身に敬意を表し、その行為を責めなかった。勿論マルスでさえも。しかし、アイクは違っていた。マルスを生かした功績ではなく、マルスを置き去りに死んだ罪を問うている。
アイクはロイの返答を聞いて一層眉間に皺を寄せた。

「俺は、命がけでマルスを逃がし生かしてくれたお前たちには感謝している。尊敬に値するとも思っている。だが、お前たちは本当にその意味が分かっているか?あいつが、お前たちのいない世界でどれだけ苦しみ、悲しんだか、想像したか?」
「それは」
「俺よりずっと長く一緒にいたんだったな?分かって当然だよな」

皮肉るようにアイクが畳みかけるが、ロイは返す言葉を持たなかった。
勿論、マルスが悲しむだろうことなど火をみるより明らかなことで、トキもロイもそんなことは十分わかっていた。分かっていたつもりだった。
それはひとえにマルスと二人の仲が深いからで、悲しみの深さはそのまま愛情の深さと同じなのだと思っていた。マルスが待っていたのは、二人の帰還であって、アイクなどではないのだという優越感も少しはあっただろう。ロイも、トキも、マルスが二人の不在の間、どれだけ嘆き、悲しんでいたかを聞くたびに、不謹慎ながらもそれを嬉しく思っていたし、誇らしげにすら感じていたかもしれない。
こちらに来てからのマルスが、どれくらい荒れていたかを当然直接見ていないロイたちに、それを推察することは困難だったかもしれない。それでも、誰より深く――それこそ、ロイよりも、トキよりも、マルスの心の奥まで踏み込んで、彼の悲しみと苦しみを間近で見てきたアイクにしてみれば、この二人が彼に与えた影響にあまりに無自覚なことが歯がゆくて仕方なったのだ。それどころか、二人はマルスの変化を認めなかった。死別する前の、溌剌として、頼りがいのある彼こそが、唯一の真実であるとさえ信じていた。
アイクはそれが許せなかった。

「俺は見てきた。俺は知っている」

過ごした時間が何ほどのことだ、とその目は怒気を孕んで言っている。

「だから、お前たちには失望した。お前たちは無責任に死んだんだ。マルスなら一人にしても大丈夫だと、きっと許してくれるだろうと、あいつの強さをあてにした。マルスは助けを求めない男だと?ふざけるな…お前たちがあいつの悲鳴を聞いてやらなかっただけじゃないのか!」

吐き捨てるように言って、アイクはようやく口を閉じたが、ロイもトキもその沈黙を破れなかった。ロイはちらりとトキの様子を盗み見たが、彼は元々白い顔を青ざめさせて、ただ無言で首を横に振っていた。この時、二人は初めて、一人生き残ってしまったマルスが、アイクに泣き縋った光景を想像した。

「…まぁ、それももう、俺には関係のない話だ」

唐突にアイクの声は熱を失い、普段の平坦な声に戻っていた。平坦どころか、抑揚さえ失った声のまま、彼は続けた。

「それでも、あいつはお前たちを選んだんだ。俺があいつに言えることは何もない」
「…え、選んだ?」
「マルスに相部屋を解消してくれと言われた」

アイクは初めて、ロイたちの前で疲れたようななんとも言えない表情を見せる。彼なりに相当ショックだったらしいことがうかがえた。

「俺が、お前たちを傷付けるなら、俺とは一緒にいられないと。俺も、これ以上お前たちと穏便に付き合える自信はない。だから、離れた」

こんな状況でなければ、ロイとトキは手を叩いて喜んだ成り行きかもしれない。だが、この時二人はただただ呆然とアイクの言葉を聞くことしかできなかった。
アイクは小さく溜息を吐いて、そのままロイたちのいる方向へと向かってくる。思わず後ずさる二人の間をすり抜けて、最後にもう一度「殴って悪かったな」と呟くと、そのまま振り返らずどこかへと去って行った。


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