ようこそ、世界へ

*20

「確かに、マルスはすごい奴だ。国を救ったり、戦争に勝ったり、ロイにとってはお手本みたいな人間だろう。ロイがマルスをすごく尊敬してるのは、よく分かる。でも」

全く予想外のフォックスの言葉に、ロイは目を白黒させた。彼が何を言おうとしているのか、その先が全く想像できなかった。ロイがマルスを尊敬していて、一体何が悪いのか。それが理不尽な暴力に晒される理由足りえるというのか。しかし、フォックスからそれ以上の言葉を聞き出すことはできなかった。マルスの名前に反応したトキが、思い出したように会話に割って入ってくる。

「マルスは、どこにいるんですか?」

会話を遮られて、それでもあまり気にした風でないフォックスは「アイクのこと、叱りに行ったよ」となんでもないことのように答えた。が、トキは弾かれたように立ち上がって険しい表情で叫んだ。

「あの野蛮な男と、マルスを二人きりにしてきたんですか!?」

その叫びは、主にロイに向けられていた。きょとんとするマリオ、フォックスを後目に、トキは先まで心配していたロイの胸倉を掴んで激しく揺さぶった。

「あなたをこんな目に遭わせた男ですよ!?マルスにも何をするか分かりません!」

トキは悲痛な声でそう怒鳴ると、そのままロイを引き摺って医務室から出ていこうとする。怪我人だぞ、とマリオが慌てて止めたが、それは当のロイによって丁重に断られた。

「すまん、俺もマルスが心配だ、ちょっと行ってくる!」

まるで嵐のように医務室から走り去っていく二人を、マリオとフォックスは唖然として見送る。開きっぱなしになった医務室のドアを見やりながら、やれやれとマリオが溜息を吐いた。

アイクとマルスがどこで話をしているのか、トキもロイも当然知りえなかったが、二人が必ず帰る場所といえば元はマルスの個人部屋で、今はアイクとマルスの相部屋となっているあそこしかないとは、二人の共通の見解だった。二人は一路その部屋を目指して道を急いだが、その歩みは唐突に止まった。幾つめかの曲がり角で、そのアイクとばったり出くわしたからだった。
露骨にアイクは面倒だというように顔をしかめたが、当然その反応は既に沸点が常温以下に下がっているロイとトキを煽るのに十分である。

「こンのムッツリ暴力男がァ!あなた、マルスにまで手を上げたりしてないでしょうね!?」

トキが大声で怒鳴り散らしながらアイクを指さす。一瞬、アイクは大きなガーゼに顔を覆われたロイのことを見やったが、仏頂面のまま彼は低い声で言った。

「そんなことする訳ないだろうが。ロイ…殴ったのは悪かった」
「殴ったの“は”?」

含みを持たせるような発言に、真っ先に食い付いたのはトキである。しかし、そんなトキの反応にアイクは隠すでもなく溜息を吐いた。

「…そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味なんですか。殴ったことは悪かったと思っているけど、それ以外のことはそうではないと?殴られるような原因を作ったロイにも非があるって、そんな風に聞こえますけどねぇ」
「……」

図星なのか、アイクは黙り込んだ。そんな様子を見て、ロイは忘れかけていた怒りがふつふつと再燃するのを感じる。謝罪が欲しかった訳じゃない。仲良しこよしになりたい訳でもない。ただ、この件に関して、納得できる落としどころが欲しかったのだ。
ロイの性格上、これまでの不和をうやむやにしてそのまま仲良しを演じて暮らしていくことはできなかった。それは目の前の仏頂面の男も同じだろうと確信できる。はっきりさせる必要がある。何故、ロイはアイクが気に入らないのか。何故、アイクはロイに煮え切らない態度を取るのか。
我慢の限界だとアイクは言った。だが、それはロイとて同じだ。こいつが来てから、何もかもおかしくなり始めたのだ。世界も、マルスも、ロイ自身も。

「殴られたことは、別にいい。大乱闘の結果を貶した俺に非があると思ってる。でも、それ以外にもお前は俺に何か言いたいことがあるんだろ。俺のこと、気に入らないんだろ」

思えば、初めて顔を合わせたあの時から。俺たちがいるべきはずだった場所に、誰よりマルスに近い場所に、いつの間にか収まっていたこの男のことを、当然ロイが好きになれるはずなどなかったのだ。そしてそれは、きっとアイクも同じだったに違いない。

「あなたは、マルスを独り占めしたいんでしょう。だから、マルスに纏わり付く私やロイが邪魔なんです」

トキがロイの言葉を継ぐ。表現は幼稚だが、つまりそういうことなのだとロイは確信していた。

「俺たちがいなくなって、傷心だったマルスに、お前はつけ込んだんだ。それで、あいつの一番になったつもりでいたんだろう。俺たちが帰ってきて、お前の立場がなくなりそうだから、マルスを甘やかして引き留めようとしてる」

マルスが英雄王の体裁を保てていないのも、素晴らしいあの剣技を失いつつあるのも、全てアイクのせいに違いない。ロイと共にいるとき、マルスは普段通りの頼れる王だった。だが、アイクの前では別人のように頼りなく危なっかしい。それはこの男が、マルスを堕落させて自分の側から離れさせないからに他ならない!

「お前のせいで、マルスはおかしくなった。マルスはあんな風に他人に弱みを見せて助けを求めるような男じゃない。これ以上マルスを変えるのはやめてくれ!」

マルスは、英雄王だ。人を束ね、人を生かし、人の為に生きている。それは彼の人生そのもので、彼の英雄としての誇りでもあり、彼の根幹をなすものである。それを揺るがしかねない今のマルスの状態は、彼の英雄王というアイデンティティーの危機だ。救国の王子という逸話を忘れてしまっては、彼は前に進むどころか、まっすぐ立っていることさえできないだろう。
アイクは、トキとロイが喋る間、口を真一文字に引き結んでひたすら沈黙を守っていた。が、その表情は決して穏やかとは言えず、かといって憤怒とも驚愕とも違うそれは、失望という言葉が最もふさわしいようだった。
ロイとトキの言葉を最後まで聞いた上で、アイクは掠れた声でようやくぽつりとつぶやいた。

「お前たちは…一体あいつの何を見てきたんだ…」


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