ようこそ、世界へ

*19

痛みと、惨めさとで、しばらくロイは立ち上がれなかった。確かに、勝負の結果に文句をつけたロイの発言は、同じ戦場で全力で戦っていた仲間への配慮に欠けたものだっただろう。特にフォックスは、注意力散漫なロイをよくフォローし、アイクの相手まで引き受けて、そんな彼の前で「今の勝負の結果は何かの間違いだ」などと口が裂けても言ってはならなかったのだ。だが、だからと言って殴るか?これはある種、ロイとマルスの問題であったのだ。そこにアイクは割って入って、何か言うより先に手を出して、勝手に怒って去っていった。
――なんて理不尽な奴なんだ!ロイは血の味のする唇を噛む。いまだ止まらない鼻血に、心配そうに覗き込むマルスとフォックスの顔が青くなっていた。

「ロイ、ロイ、大丈夫?ごめんね、アイクがこんなひどいことを…」

マルスは自分の服が血に汚れるのも構わずに、自分のマントでロイの鼻から滴る血を拭い、血を止めようとしてかロイの鼻を摘まんだ。そんな僅かな刺激にも激痛が走って思わずロイは呻き声を漏らす。フォックスが気の毒そうに「折れてるな」と呟いた。
しかし、マルスの一言に一度は白紙に戻ったロイの脳内が再び燻り始める。何故、マルスが謝る必要がある?ロイを殴ったのはアイクで、マルスは無関係ではないか。今更のようにアイクの仏頂面が思い出されて、ロイの腸は煮えくり返るようだった。そうだ、そもそも何故あいつに俺が殴られなきゃいけないんだ。努力を侮辱されたフォックスがロイを殴ったなら、実力を正当に評価されなかったマルスが怒ったなら、それは致し方のないことだとロイも思う。だが、アイクは?――彼は傍観者だった!全くの第三者でありながら、出しゃばってきて口を挟んだのだ。

「マルスは悪くないだろ」

努めて平坦な声を出そうとしたものの、ロイの声は全く不機嫌さが隠しきれていなかった。

「…まぁ、あいつの言うことにも一理あるな。フォックス、マルス、…大乱闘の結果を貶すようなことを言って、悪かった」
「そんな、俺は気にしてないよ」

フォックスはロイを安心させようとしてか、ぎこちない愛想笑いで大仰に頷いたが、マルスはだんだんと紫に腫れ上がってくるロイの顔を見て固く口を引き結んだ。怒っているようだった。

「マルス…」
「こんなの、ひどすぎる。ロイにこんな怪我をさせていい理由にならない」

マルスは労わるようにロイの腕を撫で、それからフォックスを振り返った。

「フォックス、悪いけどロイを医務室に連れて行ってくれないか」
「え?そりゃ勿論いいけど…お前はどうするんだ」

フォックスはすぐにロイに肩を貸すため、彼の横に膝を付いたが、マルスは立ち上がるとロイから離れ、先までのへらへらした表情から一転して厳しく思い詰めた様子で囁いた。

「僕は…少し、アイクと話をしてくるよ」

体感温度が数度下がるような冷ややかな声だった。その怒りの矛先は、疑うまでもなくアイクに向いている。だが、その姿はじんわりとロイの心を勇気付けた。マルスは、やっぱりロイの味方だ。ここまでロイの為に怒ってくれる。その事実が、記憶の中のマルスと確かに合致する。不謹慎にも、マルスに叱られ、反論できずに縮こまるアイクを想像すると、しばし殴られた痕の痛みも忘れられた気がした。

フォックスに付き添われてロイが医務室を訪れると、先にマルスから知らせを受けていたらしいマリオが白衣を着て待ち構えていた。まだロイの鼻血は止まらず、マリオが簡単に診察を済ませると鼻の中が完全に切れていること、鼻の骨が折れているらしいことをロイに伝えた。鼻に綿の詰め物をしてとりあえず止血をし、紫に腫れ上がった鼻周りにマリオは優しくガーゼを当ててくれる。男前が台無しだな、と彼は呟いて、それから氷嚢で冷やせばそのうち腫れも引くだろうと続けた。

「まぁ、でも、鼻の骨折はそのままだと痕が残るかもなぁ。鼻が曲がるぜ」
「えぇ…まじか…」
「どっかのタイミングでフィギュアに戻って、原状回復することだな。ったく、こんな大怪我させられるなんて、お前アイクに何かしたのか?」

大怪我とは言いつつ、さして大事ではないことを暗に示すように、マリオは冷やかすように問うた。アイクには何もしていない、とロイが答えようと口を開くと、しかしそれを遮るように医務室のドアが乱暴に開けられ、駆け込むようにトキが入ってきた。誰からかロイの怪我のことを聞いたのだろう。トキは手当のされたロイの顔を見ると、血の気の引いた表情でロイの元に駆け寄った。

「ロイ!なんで、こんな、ひどい」

あまりの衝撃に単語しか述べられないトキである。ロイは苦笑して言った。

「はは、大したことないよ」
「大したことあります!ガーゼの下は顔が陥没してるってみんなが噂してます!」
「してねぇ!誰だそんな噂流したの」

思わずロイは大声を上げて疑惑を否定した。咄嗟にマリオが目を逸らしたのが視界の端に入ったが、彼を追及する機会はその後訪れなかった。トキはひとまず安心したか、息を吐いて近くの椅子に座り込むと、恨みがましくぼそぼそと囁いた。

「あの男、アイクにやられたんでしょう。なんて野蛮な」
「いや、まぁ…俺にも非があるっていうか」
「ロイの顔面が陥没するほど殴られる正当な理由があったって言うんですか?」

当然そんなものはある訳がない、と続けるようにトキはロイ、フォックス、マリオを順に見やった。事情を知らないマリオは肩を竦めるのみだが、一方フォックスは言いにくそうに視線を泳がせた。

「いや、うん、俺も殴ることはないんじゃないかと思うぜ。でもな、ロイの言う通り、多少はロイにも非があったかもな」

フォックスは一度、ロイの様子を窺うように盗み見たが、ロイは真剣な表情でフォックスの言葉に聞き入っていた。友人の諫言を聞き入れられるだけの思慮分別はあるつもりのロイである。それに、これは既にロイの中で消化済みの事案だった。ついつい熱くなって、配慮の足りない発言で仲間の健闘を貶してしまった…
しかし、フォックスの口から飛び出したのは、全く予想外の指摘だった。

「ロイ、お前はマルスに求めすぎだよ」


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