ようこそ、世界へ

*18

「え」

思わずロイは目の前の光景が信じられずに声を漏らした。ロイの剣はあっさりとマルスの身体に届き、その鎧の砕いて肩から袈裟懸けに肉を断った。血こそ出ないが、致命傷には変わらず、マルスの身体は易々と吹き飛んで、そのままステージの下へと落下していった。
その姿を見えなくなるまでしっかり目で追って、それでもロイの脳は今しがた起きた出来事を処理するのを拒むようで、目から得た情報が全く頭に入ってこなかった。
呆然と立ち尽くすロイは、大乱闘において恰好の的だったことだろう。しかし、ロイが狙われることはなかった。そんなにアイクとフォックスの一騎打ちが白熱しているのか――と我に返ったロイがステージ上を見渡すが、二人の姿は地上になかった。ロイは背後の巨大スクリーンを見やる。その上方、遥か空の彼方に、星と消えゆくアイクとフォックスの姿があった。もう一度ステージを見ると、一か所だけ凄まじい爆発があったように黒く焼け焦げ抉れた場所がある。何かのアイテムが二人の間で暴発し、彼らは自滅したらしかった。試合終了のホイッスルが鳴り響く。知らぬ間に、ロイは勝利を収めていた。

簡単な表彰式があり、お互いに健闘を称え合うはずのその場で、しかしロイは全く納得のいかない試合内容に何一つ褒め称え合う点を見つけられなかった。獲得した撃墜数でいえば、マルスを撃墜したロイが勝敗を決したと言えるだろうし、事実一緒に戦っていたフォックスは「お前がマルスをふっ飛ばしてくれたおかげで勝てたんだ」とロイの健闘を称えたが、ロイ自身はお世辞だとしてもそんな言葉を受け取る気にはなれなかった。

「違う…違うんだ。あれは、何かの間違いだ」
「はぁ?」

フォックスはぽかんと牙を覗かせ口を開ける。勝ちを収めたのに少しも喜ばないどころか、震える声で結果を否定するロイのことを、フォックスは心配そうに見つめて「大丈夫か?」と問うた。しかし、何が彼をこんなにも追い詰めているのか親切な獣人には全く見当も付いていないようで、「腹でも痛いのか」ととんちんかんなことを言った。だが当然だろう。この気持ちはロイにしか分からないし、いや、ロイにすら自分が何にこんなにも憤っているのかはっきりとは理解していなかったのだから。
そこへ、興奮気味のマルスがやってくる。彼はロイの様子に気が付かなかった様子で、至極嬉しそうにフォックスとロイの戦いぶりを絶賛した。

「いやぁ、素晴らしかったよ、二人とも!とてもいいコンビネーションだったね」
「あ、ああ…」
「なんと言っても、ロイ、君の一撃はすごかった。僕、全く反応できなかったもの」

マルスは、ロイの前で目を輝かせながら言った。本当に心からロイの剣を称賛しているようだった。
ずっと欲しかった称賛だったはずだ。彼に認めてもらうことこそが、ロイがこの世界で研鑽を積む理由足りえたのだ。だが、それが、こんなことで?まぐれのような一太刀で、マルスから一本を取ったことが、彼を越えた証明になると?
思わず、ロイは喋るマルスの腕を掴んでいた。ずっと聞きたかった言葉だ。だが、それは今じゃない。ロイが追い続けたマルスの背中が、今はあまりに小さく頼りない。

「なぁ、マルス、本当のこと言ってくれよ。本調子じゃなかったんだろ?だって、昨日は大変だったもんな。でなきゃ、俺にあんなにあっさり負ける訳ない」
「…本当のこと?」

ロイに掴まれた腕が痛むのか、マルスは少し眉を顰める。だが、それさえ気にかけられないほどに、ロイは他人を気遣う余裕がなかった。

「マルス、だってそうだろ。俺はずっとお前の背中を追ってきた。マルスは俺の目標なんだ。マルスが本気を出したら、俺なんかが敵う訳ない。だから、こんな、こんな結果、間違ってる!」

そう、間違っているのだ。表彰台でロイがマルスより上にいるのも。マルスがロイを称えてその剣技を褒めそやすのも。フォックスがマルスよりアイクの方が強いなどと評するのも。みんなみんな間違っている。こんなこと、あっていいはずがない!
ロイの叫びに、マルスは愕然とした表情で固まっていた。わなわなと震える唇は蒼白で、しかし彼は何も言わなかった。それがまた、ロイの焦燥感を駆り立てる。嘘だったと言って欲しい。ロイの言う通り、何かの間違いだったと肯定して欲しい。マルス、と縋るようにその腕を握る手に力を込めると、爪が食い込むように彼の肌が白く浮いた。
次の瞬間、ガツンと凄まじい衝撃が横合いから飛んできて、ロイはマルスから手を離してそのまま勢い良く床に倒れ込んだ。倒れた衝撃でしたたか頭を打ち、一瞬視界が明滅する。マルスとフォックスの悲鳴にも似た制止の声が上がる。それでロイは何が起きたかを知った。

「アイク!いきなり何するの!」
「何も殴ることないだろ!」

フォックスがアイクの前に立ち塞がって、両手を広げる。マルスは倒れたロイを慌てて助け起こしてくれたが、ロイが起き上がると重力に従ってぼたぼたと大量の鼻血が滴り落ちた。
フォックスの肩越しに見上げるアイクの表情は、まさに怒り心頭といった形相だった。髪は逆立ち、空気は張り詰め、握った拳はフォックスが止めなければもう一発ロイを殴っていたことだろう。アイクは冷たい瞳でロイを見下ろし、地の底から響くような声で言った。

「こいつは、俺や、マルスや、フォックスの戦士としての誇りを侮辱した」

その冷たい瞳のままに彼はフォックス、マルスを見据えた。

「我慢の限界だ。俺はこんな奴とは金輪際戦いたくない」

アイクは踵を返すとそのままずんずんと遠ざかり、表彰式典の部屋から出ていこうとする。マルスやフォックスが止めてもその歩みは全く緩まず、である。結局、その言葉を最後にアイクは一度として振り返ることもなく、その場を立ち去ったのだった。


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