ようこそ、世界へ

*17

大乱闘参加者の控室にて、ロイはいつになく昂る気持ちを抑えられずにいた。マルスとこうして再び剣を合わせることができるのは嬉しい。また彼の流麗な剣技を間近で見て、その胸を借りることができるなんて、一度は死を覚悟したロイからすれば全く奇跡のような出来事なのだ。しかし今のロイの昂りはそれだけが故ではなかった。
アイク。今日のもう一人の対戦相手。彼が桁外れの腕力の持ち主で、優れた剣士だということはロイとて疑う余地もないが、それはあくまで彼の姿を競技場の外から眺めて得られた評価に過ぎない。こうして直接剣を交え、その実力を確かめる機会に恵まれたことは、今やアイクへの悪感情が隠しきれないロイにとっては願ってもないことだった。
剣を交えれば、全力で戦えば、彼の何かが分かるかもしれない。もしかしたら、歩み寄れるかもしれない。行き場のないわだかまりが鬱鬱と腹の底に澱んでいるのを、確かにロイは自覚している。これは早々に吐き出し、昇華せねばならない感情だ。そう自身に諭せるほど、ロイは客観的に自分を評価できている。
そんなロイの殺気を誰よりも敏感に察知したのは、同じチームのフォックスだった。

「よう、ロイ。えらく張りつめてるな。人でも殺す気か?」
「…マルスも、アイクも、強い相手だからな。精神統一してるんだよ」
「うーん…お前そんなことする奴だったか?」

フォックスは思い出すように首を傾げる。亜空の使者の件以降、一度は失われた旧世界の記憶は、マスターハンドによって漏れなく修復されている。よって一度はロイのことを忘れてしまったフォックスも、今はこうして旧世界での思い出話をできるわけだが、再構築された記憶はやはりどこかつぎはぎのような感覚がするようで、彼らは時々記憶の混濁を訴えた。
フォックスはしばらく考え込むように首を捻っていたが、結局諦めたのか表情を切り替えてロイに向き直った。

「まぁ、マルスのことは知ってるからいいだろうが、アイクはもしかするとそれ以上だからな。迂闊に突っ込むなよ」
「…気を付けるよ」

剣技において、マルスより秀でていることなんてある訳ない、との反論をロイは辛うじて呑み込んだ。

***
ステージはポケモンスタジアム。大きなスクリーンに試合状況が映し出されて、大勢の観客たちがそれを見守る。大きな障害物はない、平坦なステージに宙に浮く足場がいくつか。身を隠したり、地形を利用したりといったことができない分、真っ向勝負が求められるステージだ。
ロイは鞘から封印の剣を抜き払う。その横でフォックスがブラスターを取り出して手の中でくるりと回し構え直す。同じく対戦相手のマルスとアイクも、同じように抜き身の剣を構えていた。
ふと、マルスと目が合うと、彼はロイに向って小さく微笑みかけた。楽しもうね、と言っているようだった。その視線を受けてぎこちなく頷いたものの、既にロイには楽しめそうな余裕などなかった。
マスターハンドの合図と共に、大乱闘の火ぶたが切って落とされる。真っ先に飛び出したのはフォックスで、向こうからは機動の高いマルスがそれを迎え撃つ。遅れて来たロイは、必然的にアイクと斬り結ぶことになる。これは都合がいい、とロイは内心笑みを零す。果たしてアイクとはいかほどの男なのか。なぜマルスは彼にそこまで心を許すのか。この男の剣にはいかな信念が宿るのか。それを確かめてやる――!と、ロイは雄叫びと共に全力で剣を振るった。
刹那、凄まじい衝撃が剣を握る手の平から腕、肩へと伝播してきて、思わずロイは目を見開いて仰け反った。ロイの渾身の一撃を、アイクは真正面から斬り返してきた。同じく全力で振り抜かれたであろうアイクの剣が、ロイの足元の地面を抉っている。
完全に力で押し負けた。さもありなん、とロイは思う。ロイが両手で持ち上げた剣を、この男は軽々と片手で扱っているのだ。だが、問題はそんなことではない。ロイは今更のようにフォックスの言葉を思い出す。もしかして、もしかすると。剣を振り上げこちらを見下ろす、蒼炎色のあの瞳の前で、ロイは確かに一瞬、死を予感したのだ。一太刀交えてこの威圧感。本当に、まさかとは思うが、彼は、アイクは、マルスよりも――。

「ロイ!下がれ!」

フォックスの鋭い声が飛び、はっと我に返ったロイは身を翻す。追撃に動こうとしていたアイクの鼻先をブラスターが掠めて彼の毛先を焦がしていった。

「正面から撃ち合ったら押し負けるぞ!こいつの馬鹿力を甘く見るな!」
「馬鹿で悪かったな」

フォックスがロイの前に滑り込み、叱咤する。それを聞いたアイクが喉の奥で好戦的に笑って狙いをフォックスへと変えた。半ば呆然としつつ、それでもロイは気を持ち直して構え直す。まだ始まったばかり、少し驚いたが、まだまだこれから。フォックスに加勢しようとしたところに、横合いから流れる剣筋がロイの行く手を阻む。フォックスに足止めされていたマルスが、今度はロイの前に立ち塞がった。
状況は、あまり芳しくはなかった。けれど、ロイは確かにマルスのその立ち姿を、全身から放たれる殺気を、瞳の奥の英雄王らしい冷徹さを見て安堵していたのだ。これこそが、ロイの見たかったマルスだった。戦場にあって凛として強く、猛々しく、そして美しい彼の戦う姿を、ロイはずっと見たかったのだ。彼こそが戦場の支配者だ、王なのだ、どこぞの傭兵などと比べて、自分は何を考えていたのか。
ロイは改めて剣を握り直し、マルスの前で腰を低く落として身構えた。彼の前では、いつもロイは挑戦者だった。それが心地よかった。遥か高い越えるべき壁となって、君臨してくれるマルスの存在がいつも進むべき道を示す指針となった。
さぁ、おいで、とマルスの剣先が誘うように下げられる。君の力を示しておくれと言われているように感じられた。いつもそうだ、マルスは敢えて隙を作り、カウンターを狙っている。
今、この瞬間も、あの日の延長なのだと思えば、ロイの身の底に澱んでいたものも薄らいで消えていくようだった。何も変わってはいなかった。少し人が増えて、少し生活の様子が変わったけれど、こうしてマルスの背中を追いかけて、高みへ高みへと登っていくこの日々だけは。
ロイは踏み込んで、剣を振り上げた。再び渾身の一撃を繰り出すために、全身の筋肉に意識を乗せて。
マルスの剣先は、下がったままだった。それどころか、マルスは驚いた様子でロイの攻撃の一部始終を眺めて、一歩も動かなかった。
ロイの鋭い一撃に、マルスはろくな防御もしないまま正面から直撃した。


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