ようこそ、世界へ

*16

「じゃ、じゃあ、王子はこっちに帰ってくるのが嫌になった訳じゃないの?本当に?」
「またテキトーな嘘吐いてるんじゃないの?」

翌朝、少し寝坊したロイが慌てて食堂へと向かっていると、吹き抜けの階段を駆け上るように甲高い少年の声が二つ、広間に響き渡る。何事か、とロイが階段の手すりから身を乗り出して広間を見下ろすと、広間の掲示板の前でネスとムジュに詰め寄られるマルスの姿があった。そう言えば、とロイは昨夜のトキの言葉を思い出す。ネスとムジュは、マルスの帰りが遅いのを心配して、日付が変わるまで彼のことを終点で待っていた。色々問い質したいこともあるのだろう。何とはなしにその様子を眺めていると、特に会話に参加している様子もない、マルスの斜め後ろに立つアイクがロイの方を見た。なんでお前なんだよ、とロイは心の中で十回突っ込む。
しかし、必死な形相の子供たちとは裏腹に、マルスは「僕ってそんなに信用ないかい?」と苦笑を浮かべて首を振り、彼らの目線に合わせるように腰を折った。

「君たちが作ってくれた、シーダとの時間は、本当に夢のような素敵な時間だったよ。でも、僕は君たちと暮らすこの世界のことも、同じくらい好きなんだ。いつだって、僕の帰る場所はここなんだ」
「王子…」
「アリティアは僕の故郷だ。けど、僕の世界はここだよ」

慈しむように目を細め、ネスとムジュを見つめるマルスの表情は、およそ「テキトーな嘘」を並び立てているようには見えない真摯さと熱意を帯びている。少年二人はそんなマルスの気迫に圧されたか、喉まで出かかっていた反論をすっかり忘れた様子で、ただ黙って頷いた。マルスはへにゃりと笑ってネスとムジュの手を取った。

「心配かけてごめんね。君たちの思いやりと優しさが何より嬉しいよ、ありがとう」

感謝と親愛に満ちたその笑顔は、ネスとムジュの顔を真っ赤に火照らせるには十分だった。面と向かってこんな礼を言われるなんて、全く気恥ずかしい展開を予想していなかったらしい少年二人は、どちらともなく目を見合わせると、別れの挨拶もそこそこに慌てた様子でその場から走り去っていく。ちょうど二人はロイの横を通っていったので、そこでマルスが初めてロイの姿に気が付いた様子で手を振った。

「やあ、ロイ。昨日はよく眠れたかい?」
「あ、ああ」
「ふふ、そうだろうね、僕よりお寝坊さんなんだから」

マルスはおかしそうに笑って、肩を竦めた。マルスは、昔から朝起きるのが遅かった。それは彼がいつも夜遅くまで寝付けず起きているからなのだが、マルスはロイの心配などよそにやや興奮気味にロイを手招いて言った。

「それより、ロイ。掲示板は見たかな?今日の大乱闘の予定が載っているよ」
「いや、まだ見てない」
「ほら、早く早く」

マルスは階段を駆け上がり、ロイの手を引いて木製の大きな掲示板の前まで引っ張っていった。
掲示板は、ロイが前の世界にいた頃にはなかったものだった。が、こちらの世界には最初から設置されていたらしく、皆は朝食の前後この掲示板に立ち寄り、その日の大乱闘の予定、イベントの予定、食事の献立などを確認することを日課としていた。一応、掲示板のどの位置に何の情報が貼られるのかは決まっていたらしいが、未だにそれを覚えていなかったロイはマルスが指さすまで大乱闘の予定を見つけられずにいた。

「もう、どこ見てるの。ほら、ここ、ここ!」
「…あ」

本日の大乱闘、第2試合、チーム対抗戦参加者の欄にロイの名前がある。同チームにはフォックスの名前。それから対戦相手の名前を見て、ようやくロイはマルスの興奮の理由を知った。ロイの対戦相手は、マルスだった。

「こちらに来てから、ロイと対戦するのは初めてだよね!僕、すごく楽しみだよ」
「お、おう、俺も…」
「じゃあ、僕は行くね。またステージで会おう」

本当に、楽しみにしてくれているのだろう、マルスはいっそ無邪気なまでの笑顔でロイに手を振り、嵐のように過ぎ去っていった。取り残されたロイは中途半端に手を上げてそれに応える。マルスの勢いに完全に押されていた。

「おい…」

そんな折に、突然背後から声がかかって、思わず声を上げてロイは飛び上がった。今まで黙って成り行きを見ていたアイクの声だった。

「な、な、なんだよ!突然声かけるなよ」
「いちいち声をかけるのに断りがいるのか?面倒な奴だな」

アイクは目に見えて不機嫌そうに眉を吊り上げた。さすがに今のは言いがかりが過ぎたとロイも反省し、無礼を詫びる。

「わ、悪い、ちょっと驚いて…。で、俺に何の用だよ」

アイクは、いつもマルスの隣にいる。ロイがマルスを訪ねるとき、そこにアイクがいなかったことはほとんどないほどだ。初めこそ、ロイはアイクに気を遣って彼にも話しかける努力をしたが、結局ロイが用のあるのはマルスだけで、アイクはお呼びでないのだ。それは何もロイに限った話ではないようで、アイク自身もロイには全く用はない訳で、二人は同じ空間にいながら敢えて言葉を交わす機会にほとんど恵まれなかった。とはいえ、彼はロイの邪魔をする訳ではないし、マルスもアイクに遠慮してロイを邪見に扱うといったことはなかったが、それでもロイにはアイクがまるで見張るようにマルスのそばに張り付いていることが全く面白くなかった。
ロイの深層心理の敵意が伝わったのか、アイクは彼の問いにあまりいい顔をしなかった。が、彼は結局ロイの問いには答えずに、無遠慮にじろじろとロイを見下ろしながら言った。

「…特に用はない。ただ、今日の大乱闘、よろしく頼む」
「は、はぁ…」

何をよろしく頼むというのか。ロイはぽかんと口を開けて、マルスと同じ方向に立ち去っていくアイクの背中を見送った。ようやく思い立って、ロイはもう一度掲示板の方を見る。第2試合、チーム対抗戦、赤チームはロイとフォックス。青チームはマルスとアイクだった。

「ああああ!」

今更、ロイは今日のチーム戦の悪意ある人選に気が付いたのであった。


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