ようこそ、世界へ

*15

アイクとロイが森の奥の転送装置の前に辿り着く頃には、月はすっかり高くなり、森は一層静けさを増していた。さぁ、やっと帰れるぞ、と言いかけたロイは、もう何度目になるか分からない驚きをもってマルスを見返す。マルスは、アイクの肩に突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。ロイの視線を追ってようやくそれに気が付いたらしいアイクが、特に驚いた様子もなく「疲れていたんだな」と呟く。なんだか無性にそれが癇に障り、思わずロイは「てめーが歩くのが早いからだろが」と心にもないことを吐き捨てていた。が、アイクはそれも特に気にした様子もなく、そうだなと頷いた。
何を考えているのか分かりにくい男である、とロイは思う。表情の変化は乏しいし、皮肉も冗談も通じなさそうである。かと思えば、先ほどのような爆発的な苛烈さを秘めていて、一体こんな奴のどこがマルスはいいのか…とロイの気も知らずに涎まで垂らして眠っているマルスの顔を見つめながら、ロイは溜息を吐いた。
転送装置に乗って、終点へと帰還したロイらを出迎えたのは、時の勇者リンクことトキだった。彼は暗がりにぽつねんとカンテラひとつを提げて立ち、ぼうと浮かび上がるような白い顔でアイク、ロイ、そして眠るマルスを順に見つめ、それから囁き声で問うた。

「…えーと。どういう状況ですか?」
「今マルスの故郷から帰ってきたところだ」

見れば分かるだろう、とでも言いたげにアイクが答えたが、トキははっきり聞こえる音で舌打ちすると眉根を寄せて剣呑に目を細めた。

「それは分かりますよ。…どうしてマルスはあなたに背負われているんですかって聞いてるんです」

ロイ以上に(とロイは思っている)アイクに対して刺々しい態度を隠さないトキは、しかしすよすよと眠るマルスを起こさないようにという配慮からか、それ以上声を荒げることはなかった。しかし、彼は大袈裟に嘆くような仕草をして見せて続けた。

「かわいそうに、小さな私と優しいネスは、マルスどころかあなた方まで帰りが遅いのを心配して、夜中までここであなた方の帰りを待っていたんですよ」

小さな私、とはトキの未来の姿であるムジュのことである。アイクは初めてバツが悪そうな顔をしたが、かと言ってトキの小言は止まらなかった。

「もう夜も遅いから寝てくださいってお願いしても、二人はあと少し、あと少しと言って聞かないものですから。代わりに私がマルスたちを出迎えますよと約束して、ようやくさっき部屋に戻したところなのです。ああ、別にね、私はいいんですよ、夜は目が冴えるので。でも、今帰ってきたところだ、以外にもう少し何か言うことがあるんじゃないですかねぇ。大体二人とも私に相談もなくマルスを迎えに行って置いてけぼりにするなんて酷い話じゃ」
「す、すまん、迷惑をかけて悪かった」

慌ててアイクが口を挟むように謝ると、ようやくトキは呪詛のような不平不満を止め、爽やかな作り笑いで「いいんですよ」と首を振った。まったく何にも良さそうな雰囲気は感じられない。説明不足を自覚したか、アイクが続けて言った。

「途中、道に迷ったり、山賊に襲われたりして、帰りが遅くなった。あんたを置いてけぼりにしたつもりはなかったが、それはすまなかった」

淡泊な説明だったが、アイクなりに誠心誠意謝っているらしいことは見て取れた。道に迷ったのはロイにもその一因があるので、ロイは居心地悪く感じたが、トキはそのことに関して何ら突っ込むことはなく、寧ろ素直に謝られて拍子抜けしたようだった。
それを隙と見たかどうかは分からないが、アイクは一瞬訪れた沈黙に間髪入れずにロイを振り向いた。

「詳しい説明はあんたに任せていいか。俺はマスターハンドのところへ行ってくる」

トキの相手は面倒だとアイクが思ったのかどうかは、ロイにも判断が付きかねたが、少なくともアイクの口からマルスの失明の件をトキに聞かせるのは確かにややこしい話になりそうだとロイもまったく同意するところだった。本当はマルスに付き添っていたいが、その失明もマスターハンドに治してもらえば問題ないはずだ。不本意ながら、アイクの提案に賛同したロイは、不審がるトキをなだめてアイクとその背に負われるマルスを見送った。
とはいえ、ロイからマルスの身体に起こった異変について聞いたトキは、何故もっと早く言わなかったのか、一大事ではないか、また仲間はずれにするつもりですか、と結局烈火のごとくひとしきり怒鳴り散らした。が、そのあとすぐに顔を青くして、もう二度と彼の目に光が戻らなかったらどうしよう、二度と彼に見てもらえなくなったらどうしよう、と情けない声で泣きそうになっていた。勿論そんなことは起こりえない、との説明をロイは再三行い、そのために今アイクがマスターハンドの下にマルスを連れて行ったのだ、マスターなら必ずなんとかしてくれるだろう、と付け加えた。それでもトキは納得していない様子で、もう一度マルスの容態を確認しないことには今日は一睡もできない、と地団太を踏む始末である。
しかし、実際のところ、マルスのことが気になっているのはロイとて同じである。当然失明のこともあるが、それ以外にマルスらしくない数々の言動がロイの心を波打たせる。失明が治りさえすれば、そういった数々の違和感も払拭されるのだと確信したかった。そうして、ロイはトキと共にマルスの部屋の前で彼の帰りを待つことにしたのだった。
大して待つこともなく、マルスは確かな足取りでアイクを伴って部屋へと戻ってきた。部屋の前にロイたち二人が待っているのを見つけると、どこか呆れたような、それでいて少し気恥ずかしそうな表情で駆け寄ってくる。その様子を見て、ああ、見えているんだな、とロイはほっと胸をなでおろした。

「ロイ、リンク。心配かけてごめんね、もう大丈夫だよ。君たちのこと、よく見える」

大丈夫、と言いながらマルスはロイとトキの頭をぽんぽんと軽く撫でる。子供扱いだ、と普段なら怒るところだが、それだけこちらが不安げな表情を晒していたのだから、今回だけは仕方ない、とロイは何も考えずに頷いた。トキは遠慮がちにマルスを見上げ、その目がマルスと合うと初めて安堵したように笑みを零したが、それでも彼の瞳からは不安の色が完全には拭いきれていなかった。

「でも…どうして、失明なんか…」

その理由を、ロイはまだ聞いていなかった。それ故、トキに聞かれても説明できなかったことが、彼の不安を助長させた原因かもしれない。マルスは一瞬、トキとロイの表情を探るようにじっと見つめたが、すぐさま相好を崩して照れくさそうに頭を掻いた。

「この時期、アリティアは花粉がよく飛ぶから」
「それって…」

花粉症?とロイとトキは目を見合わせる。花粉症で失明だなんて聞いたことはないが、マルスがそう言うのだから多分、きっとそうなのだろう。
肩に入っていた力が、すっと抜けていくのが分かる。そうか、彼は花粉症で調子が悪かったのだ。そう、ロイの中ですとんと何かが腑に落ちた気がした。失明というアクシデントも、彼らしくない言動の数々も、ついでにアイクという存在の気に入らなさも。
さぁ、疲れただろう、今日はおやすみ、とマルスが二人の肩を叩く。唐突に、今日という一日が走馬灯のように思い出されて、ロイは今さらのように疲れを自覚したのだった。


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