ようこそ、世界へ

*13

とにかく勝手な男だった。
いつの間にかマルスの友人として誰よりも深い仲になっているし。
いつの間にかマルスと相部屋になっているし。
いつの間にかムジュとネスに頼られているし。
いつの間にかマルスを迎えに行っているし。
今だってそうだ、とロイは遠ざかる松明の明かりを見つめながら思う。勝手に囮を買って出て、勝手に一人で行ってしまった。こういうのは、一番マルスの嫌うところなのだ。結局、あいつは何にも分かっていないんだ、とロイが思ったのも束の間、マルスがロイのマントを引っ張りながら囁き声で言った。

「ロイ、隠れていよう。アイクが囮になってくれているから」
「囮って…!あいつを一人にしておくのは…」

危険ではないか、と声を荒げそうになるロイの肩を、マルスが掴んだ。

「彼は大丈夫だから」

焦点の合わない目が、しかし確信をもってそう言い切る。ロイではない誰かを見ているようで、目の前にいるのにマルスが酷く遠い。
――何故、あいつのことはこんなにも信頼しているのか!
いつだってロイとトキを守り、最前線で矢面に立ってきたマルス。誰よりも強く、聡明で、優れていたマルス。そんな彼が、そもそも失明なんてアクシデントに見舞われているのもおかしいし、こんなに頼りない雰囲気なのもおかしいし、会って間もないどこの馬の骨ともしれない傭兵の男にここまで全幅の信頼を寄せているのだっておかしい。本当なら、その立場にいるべきなのは――とそこまで考えてロイは己の思考に愕然とする。一体自分は何を言おうとしていた。慌ててその考えを振り払い、ロイはマルスの手を引いて太い木の裏に隠れた。
マルスと息を潜めて隠れていると、程無くして通ってきた道から男たちの怒号と悲鳴が響いてきた。何かが折れる音がしばらく続き、そして完全な静寂が訪れる。さして時間もかからず、アイクが賊共を片付けたらしいことが知れた。
心配して損した、とロイは息を吐く。なるほど、マルスの言う通り、大丈夫だった訳だ。確かに少ない大乱闘での彼の立ち振る舞いを見るに、相当な手練れであることはロイも分かっている。そういうことを心配していた訳でもなし、マルスが心配すると困るからだ、と自分に言い聞かせていたロイは、荒々しく草木を掻き分けてこちらに向ってくる物音に飛び上がった。アイクかな、とマルスが呟くが、ロイはマルスを背に庇って剣を抜く。松明の明かりは未だ遠い。アイクではない。
ロイが移動する暇もなく、繁みを掻き分けて現れたのは、鼻から血を流して目をぎらつかせる山賊の男だった。その後ろには二人の山賊が続き、彼らはロイとマルスを見ると月明りの下でにたりと意地悪く笑った。

「へへへ…貴族の兄ちゃんたち、こんなところに隠れていたのか」
「こりゃあ運がいい。俺たちが用があるのは、あんな傭兵じゃねぇ。さぁ、金目のものをとっとと出してもらおうか。おきれいな顔に傷が付くぜ」
「ち、近寄るな!」

ロイは剣を正眼に構えて唸る。三人ならなんとか切り抜けられるか、と相手の装備と力量を見極めようと目を凝らしていると、いつの間にか抜刀していたマルスがロイの横に並んだ。

「ロイ、相手は何人だい?」
「三人だ」
「僕のことは気にしなくていい。自分の身は守れるから」

つまり、敵の相手は任せるということか。なんだ、自分もマルスに頼られているではないか、と場違いに安堵したロイは、どこか弾んだ声で頷いた。
気合の掛け声と共に、山賊が斬りかかってくる。内二人は斧使い、剣と相性のいい相手で、ロイは難なくその柄を両断すると、無力化した山賊の一人を峰打ちで沈め、もう一人は投げ飛ばして片付けた。
残った一人は鼻血を垂らす山賊だが、彼の得物は重量のある鋼の剣で、しかしその手に収まる剣は中ほどから砕けて半分以下に折れてしまっている。ロイの予想外の抵抗にやけくそになったのか、山賊はがむしゃらに折れた剣を振り回しながら突進してきた。
技巧があれば、先読みができる。しかし無作為に振るわれる凶器が実は最も恐ろしい。
思わずロイが後ずさると、刹那背後に凄まじい殺気を感じて振り返る。マルスがまさにロイを狙って剣を振り下ろそうとしていた。

「ス、ストップ!ストップ、マルス!」
「えっ?!」

あわや大惨事、といった直前、ロイは剣を盾にしてマルスの剣を受け止める。片手では足りずにもう片方の手で剣の腹を支えてようやくマルスの剣の勢いは止まった。
ここに至って初めてロイは先ほどのマルスの言葉の真意を知る。自分の身を守れるから、というのは、つまり「自分に近付くものは見えなくても斬れる」という意味だったのだ。目が見えない彼が神経を研ぎ澄まして自分に近寄る気配にのみ意識を集中させていたのだとしたら、その間合いに入ってしまったロイが攻撃の対象になるのは当然だった。
しかしそれを悔いている暇はない。山賊がこちらの仲間割れに便乗して飛び掛かってきている。気絶した一人はともかく、投げ飛ばしただけの山賊も起き上がろうとしていた。
とにかくマルスを守らなければ、とロイは再度体を反転させて山賊の前で剣を構えたが、がむしゃらに振り回される軌道にうまく合わせることができず、剣を弾かれ手放してしまう。まずい、と剣の行方を目で追うと、その隙に山賊に突き飛ばされてロイはしたたか背後の木の幹に叩き付けられた。

「ロイ、ロイ!?」

悲痛なマルスの声が響く。大丈夫、と答えようとしたが、一瞬息が詰まってロイの口からは声にならない咳しか出てこない。
先ほどロイに斬りかかってしまったことを気にしているのか、マルスは間合いに山賊が踏み込んできても剣を振り上げはしなかった。ロイの名前を呼びながら、目の前に迫る山賊には全く気付かず手を伸ばして空を掴んでいる。
洗練された技巧はなくとも、力自慢の荒くれものである山賊は、剣を握るマルスの腕を捻り上げると易々とその武器を取り上げて、ロイに見えるように彼を羽交い絞めにした。太い腕がマルスの首を絞めるように押さえ込む。その足は微かに宙に浮いていた。

「お友達を痛い目に遭わせたくなかったら、おとなしくするんだな!」

落とした剣を拾おうとしていたロイは、その言葉を聞いて伸ばしかけた腕を止める。ニヤニヤと山賊はロイの無様な姿を見下ろして嘲笑っていた。そんな山賊の顔を睨み上げつつ、それでもロイは冷静に勝ち筋を探して周囲の状況に目を凝らす。ロイの剣は走って2歩といった距離に打ち捨てられて、一方マルスの剣は、もう一人の投げ飛ばされていた山賊が、既に起き上がって物珍しそうにその手に取って眺めている。
だが、しかし、そんなことは大した問題ではないのだ、とロイは自答する。先ほどから視界を曇らせるこの拭いようのない違和感の正体は何なのか。
何故マルスはアイクを囮にすることに異議を唱えない?
何故マルスはあの状況で“間違えて”ロイに斬りかかってきた?
何故マルスは大人しく人質に甘んじている?
全部が全部彼らしくない。どんな状況も余裕めかした笑みすら浮かべて、切り抜けてこそ英雄王ではないのか。もしや何か考えがあるのでは、いやそうであって欲しい、とロイが彼の様子を注視すると、マルスはゆるゆると口を開き、そして叫んだ。

「…あ、アイク、助けて…!」


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