ようこそ、世界へ

*11

「で、転送装置まではあとどのくらいなんだ?」

後ろで一人歩くアイクを振り返って、ロイが問うた。ずっと道なりに進んでだいぶ歩いてきたが、その間アイクとロイが直接話すことはなく、マルスが間を取り持ってなんとか会話が成立している程度である。そんなマルスに気を遣ったのか、或いはアイクにも悪いと思ったのかは定かでない。
アイクは思いがけないことを聞かれたという風に目を丸くして瞬いた。

「あんた、分かってて歩いてたんじゃないのか」
「えっ」
「勝手にどんどん進んでいくから、てっきり道を知っているものだとばかり」
「ええ!?」

今度はロイが目を剥く番である。ロイは傾く陽と足元に伸びる長い影を見やる。だいぶ歩いてきたから、今から引き返して正しい道を辿ったとして、森に入って転送装置の場所まで辿り着く頃にはとっくに日が暮れているだろう。

「お、俺だってここに来るのは初めてだ。行きに通った道も全然違う道だし」
「俺が通ってきた道とも違うな。ずっと前の脇道から森に入る道だった」
「もっと早く言ってくれよ!もう日が傾いてる」

どことなく責める口調のロイに、アイクは隠すでもなく不機嫌な表情を見せる。勝手に同行を申し出て、勝手に先を進んで、それでこちらに非があるなんて言われる筋合いはないはずだ。しかし、マルスの手前声を荒げて喧嘩をする訳にもいかないし、それで事態が好転する訳もない。黙るアイクの機先を制し、マルスが大袈裟な手振りで間に割って入った。

「だ、大丈夫だよ。ここは城から続く街道だろう?一本道だ、まっすぐ戻れば問題ないよ」
「で、でも、ごめんな、マルス。俺が確認もしないで勝手に進んで行ったから…」
「大丈夫だって。さ、引き返そう。まだこの時期夜は冷えるんだ」

分かりやすく落ち込むロイに、マルスは朗らかにその肩(と本人は思っていたが、実際は頭である)を撫でて宥める。道案内を頼むよ、とアイクに言うマルスは、失明の不安など一切感じさせない頼もしさで、これではどちらが介抱されているのか分からんな、とアイクは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。さすがにこれを言えばロイに追い打ちを掛けることになるだろう。せっかくマルスの取り持ってくれた仲だ、壊す訳にはいくまい。
随分と現状に慣れたのか、アイクと歩いていた頃は躓いていてばかりだったマルスも、ロイの隣に来てからは一度も躓くことなく、しっかりとした足取りである。これなら多少は歩くスピードを上げても大丈夫だろう、とアイクは踵を返した。

「日没までには森を抜けたい。急ぐぞ」
「お、おう」

情けない声でロイが返事を寄越す。太陽は既に山の影に沈み始めていた。

アイクが急いだ甲斐も空しく、正しい道に戻り、森への脇道に入る頃にはすっかり日も暮れ、辺りは暗くなっていた。幸いなのは月が出ていたことと、万が一に備えてロイが松明を持ってきていたことで、先頭を歩くアイクが松明を掲げ、とりあえず進み続けるのに問題はないように思われた。が、アイクは振り返り、松明でマルスとロイの顔を照らす。暗がりでは判然としなかったが、大股のアイクの歩調に合わせて付いてきていた二人はだいぶ息も上がっている様子で、ああ、これは失敗だったなとアイクは唇を噛んだ。

「だいぶ疲れているようだな。少し休むか」
「こ、これくらい平気だ」

慌てて呼吸を整えて、ロイが答える。アイクの前で無様を晒すまいと虚勢を張っているのが見て取れた。それに苦笑したのはマルスで、彼はロイのマントを軽く引っ張りながら言った。

「僕はちょっと疲れちゃったな。少し座ろうよ」
「それがいい」

言いながら、アイクは道から逸れて木々の合間の閑地を見つけ出すと、そこに二人を呼び寄せる。そうして松明を地面に突き刺すと、落ちている小石で固定して焚火のようにしてそのそばに腰を下ろした。ロイもそれに倣ってマルスを導き、松明の近くに座らせた。
そよそよと木々の葉が風に揺れ、ちらちらと松明の火が揺れる。静かな夜だった。時々思い出したように遠くの方で梟が鳴く。

「アリティアは、自然豊かな国なんだ」

唐突にマルスが話し始める。ロイは驚いたようにマルスを見たが、アイクは静かに頷いて目を閉じながら続きを待った。

「この森は、よく狩りに来ていたんだ。動物がたくさんいる。草木も多い」
「そうか」
「父上と来て、鹿を追いかけて…弓は得意なんだ。狩りは、嫌いだったけれど」

脈絡のない思い出話に、ロイとアイクは聞き入る。マルスは自嘲気味に笑った。

「目をつぶっていても、森の中のことなら分かると思っていたけれど、実際はこれだもんね」
「誰だってそうなる」

ロイは困ったようにフォローしたが、マルスは首を横に振った。

「せっかくの帰郷、せっかくの友人たちの計らいを、僕と来たら………、何か聞こえないかい?」

それまでのくつろいだ空気から一転、マルスが緊張した面持ちで腰を浮かす。ロイとアイクも同様に膝を立てて耳を澄ますと、遠くから人の声が近付いてくるようだった。数にして数人か、それ以上。聞き慣れない声である。かすかに金属の擦れる音もする。帯刀しているようだ。城の外には賊がうろついている、とのシーダの言葉を思い出したアイクは、即座に振り返って言った。

「賊かもしれん。マルスを連れて物陰に」
「それなら松明を」

消さなければ、とロイが伸ばした手をアイクは掴んで止める。明かりがあればこちらの居場所を伝えるようなものだ、とロイは抗議の声を上げかけて、次なる彼の行動に目を剥いた。アイクは剣を担ぎ、松明を持って道へと飛び出していく。

「な、お前、ちょっと待て!」
「待てない」
「ええ!?」

全く納得していない様子のロイだが、説明している時間もないようだ。既に足音はかなり近い。言葉の足りないアイクの分は、マルスが補ってくれるだろうとたかを括り、アイクは極力この場から離れるように松明を掲げて走り出す。いくらも走らないうちにアイクの前に現れたのは、道をふさぐように仁王立ちする山賊たちだった。


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