ようこそ、世界へ

*10

馬車で半刻、アイクの足でその倍程度、ともなれば、アリティア城から転送装置までの距離をマルスを伴って歩くのにかかる時間はさらにその倍以上かかるだろう。アイクはマルスの歩みを確認しつつ、ムジュから手渡された地図とコンパス、そしてゆるゆると中天を通り過ぎていく太陽を見比べながら、陽が暮れる前までには転送措置に辿り着かないと、夜は冷えるだろうなとぼんやりと思った。
そんな折、アイクは足を止める。それに気付いたマルスもまた足を止め、耳を澄ますように首を傾げた。そんなマルスを隠すように立って、アイクは剣に手をかけながら道の脇に生える木々の隙間を注視した。何かがいる。
がさり、と繁みを掻き分けて、顔を出したのは赤毛の青年だった。群青の大きな瞳が驚きに見開かれ、次いで安堵、さらにその数瞬後には苛立ちへと目まぐるしく表情を変化させていく。

「ロイ、か。来てたのか」

アイクは構えを解きつつ、状況説明を兼ねてその名を口にした。マルスは慌てたような声を出したが、幸いなことにロイ自身はそのことに気付かなかった様子である。
ロイは繁みから抜けだしながら、全身についた葉っぱや小枝を振り払う。どうやら相当道に迷っていたらしかった。

「来てたのか、じゃねーだろ!俺だってマルスのことが心配だったから迎えにきたのに、お前は勝手に一人で行っちまったって言うし、道には迷うし、イノシシには追われるし」

なるほど、ロイの磨き上げられた甲冑や高級そうなマントは泥が跳ねて薄汚れている。ここに至るまでにだいぶ苦労したと見える。その鬱憤の矛先がアイクになっているのか、彼はアイクを指さし、しばらくぎゃんぎゃんと吠え立てていたが、それを見かねたらしいマルスがアイクの横まで進み出て彼をなだめた。

「ロイ、ごめんね、心配かけて。迎えにきてくれてありがとう。ここまで来るの大変だっただろう?」
「そんなことないぞ!マルスが無事ならそれで…」

それまでの不機嫌な表情を一転させ、ロイはマルスの姿を見つけると一気に表情を明るくして首を横に振った。が、そこで焦点の合わないマルスの目の異変に気が付いたのか、彼は怪訝そうに眉根を寄せた。

「マルス?どうしたんだ、なんだか様子が変だな」
「いや、えっと、全然大したことじゃないんだけど」

マルスは言葉を探すように目を泳がせる。しかし、そんなマルスの態度さえ、今のロイの不安を煽るには十分なようで、彼の表情はみるみる曇り、不安げなものへとなっていく。
目が見えずとも、聞こえる息遣いからロイがだいぶ不安がっていることが分かったらしいマルスは、極力彼を安心させようとその声を頼りに身振り手振りで体の無事を訴えた。

「体はね、すごく元気なんだ。熱もないし、痛いところもないよ。ただ、ちょっと目が見えにくくて。それで帰るのが遅れてしまったんだ」
「は…?目…?」

ロイは愕然とした表情でマルスを見返す。そのままアイクを弾き飛ばす勢いで駆け寄ってくると、間近でマルスの目を覗き込んだ。が、全く何にも見えていないマルスはその気配だけに首を傾げて、ロイがその腕を掴むと驚いた様子であわわと声を漏らした。

「大したことあるだろうが!目が見えない!?失明ってことか?リカバーはかけたのか。医者には見せたか!?どうすれば治せる!?」

矢継ぎ早に問いただすロイの剣幕に、マルスはすっかり気圧されているようだった。今何を言ってもロイの不安はいや増すばかりだろう。それを間で見つめるアイクは、ああ、とどこか腑に落ちた気がした。常に真っ直ぐ立っているものと思われているマルスが弱みを見せれば、それだけ彼を慕うものは不安がるのだ。マルスは自分がそういう存在であることを理解しているし、その信頼と期待を裏切ることのないように振る舞う努力をしている。それは、アリティア城で見たあの光景に他ならず、スマブラでもあまり大きな変化はなかったのかもしれない。
そんな一つの理解に至ったアイクは、ロイをマルスから力任せに引き剥がす。勿論は噛み付かんばかりにロイは「何すんだ!」と吠えかかったが、対するアイクは普段の仏頂面を崩さない。

「とりあえず落ち着け」
「これで落ち着けだと!?テメェはマルスが心配じゃないのか!」
「あんたがマルスより騒いでいたら話にならんと言っている」

意識した訳ではないが、知らずアイクの言葉には棘が宿る。何かと食ってかかってくるロイの挑発的な態度に、アイク自身が思っているより腹が立っていたのかもしれないし、或いは、自分よりマルスとの付き合いの長いはずのロイが、マルスの心情を察してやれていないのが腹立たしかったのかもしれない。
とにかく、アイクの一言は十分に効果があったようで、ロイはぐぅと言葉を詰まらせると、反論の言葉もなくしゅんと項垂れて縮こまった。いい気味だ、と思う一方、声だけで状況を判断するしかないマルスの狼狽え具合を見るに、声を荒げるのは彼に不安を与える結果になりかねないと思い直す。それはロイも気が付いているようで、彼はマルスの表情を窺ったのち、何事かを葛藤している様子で腕を組んで考え込んでいる風だった。
それでも、ロイは自分の中でそういった種々の葛藤を呑み込んだようで、これまでの敵意に満ちた表情はひとまずなりを潜め、バツが悪そうに「悪かったよ」とアイクに謝った。そうして肩の力を抜くように溜息を吐くと、それじゃあ行くかと踵を返す。

「転送装置まではまだだいぶ距離があるだろ。急ごうぜ」

ところがアイクはきょとんと目を丸くして、ロイの発言に首を傾げた。

「…あんた、付いてくるつもりなのか?」

しばし、時が止まったように沈黙が流れる。それを破ったのは青筋を浮かべて怒鳴るロイの絶叫だった。

「付いてくる、んじゃなくて、一緒にマルスを送るんだよ!!!」

ロイはマルスの手からアイクのマントを払い落し、代わりに自分のマントを握らせた。そうしてアイクには見向きもせず、ずかずかと歩き始めてしまう。
怒れるその背中に、慌てた様子でマルスが付いていく。さて、騒がしい同行者まで現れて、いよいよ日没までに帰れるか怪しくなってきた、とアイクは一人溜息を落とすのだった。


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