ようこそ、世界へ

*3

「シーダ…会いたかった。ずっと君を想っていたよ」
「ええ、マルス様。シーダもあなたの帰りを待っておりました」

どれくらいそうしていたのか、長い長い抱擁を解いてマルスはシーダの肩を掴んでその顔を見つめた。シーダは応えるようにうっとりと潤んだ瞳でマルスを見上げる。一方関係ないはずのムジュとネスは顔を赤くして息を殺して二人を見守る。と、我に返った様子でマルスが「ああ!」と声を上げ、子供二人を振り返った。

「ごめんね、久しぶりにシーダに会えたものだから、つい!紹介するよ、僕の婚約者、シーダだよ」

マルスはシーダの肩を抱き寄せて、満面の笑みで言う。さっきまで緊張で吐きそうになっていた人間とは思えない幸せを体現したような表情だ。シーダはやや気恥ずかしそうにしながらも、「タリスの王女シーダです」と上品に膝を曲げて頭を下げた。
次いでマルスはムジュとネスの方へと寄って、シーダに向き直った。

「それから、シーダ。こちらは僕の小さな友人のネス君とムジュ君!ずっとずっと紹介したかったんだ」
「あっ、僕がネスだよ…です。よろしく、お願いします」
「…僕は、ムジュ、です…どうも」

王女という肩書に完全に気圧されて、二人はぎこちない敬語でそれに答える。シーダの隣に立つマルスこそ、一国の王であるという事実は既に二人の脳から忘れ去られていた。シーダは苦笑して首を振った。

「ああ、ごめんなさい。そんなに畏まらなくて大丈夫よ。マルス様にしていたみたいに、接してくれるかしら?」

私も、あなたたちのお友達になりたいの、とシーダは腰を曲げ目線を合わせて二人に微笑みかける。マルスにはもったいないくらいのできた奥さんだ、といった主旨の喉まで出かかった発言をネスはなんとか飲み込んだ。
そんなネスの思惑も知らず、マルスは上機嫌でシーダの隣に並ぶ。シーダと目が合い、マルスはにこりと歯を見せて笑った。

「この子たちを、城に招待したいんだ」
「まぁ、素敵ですわ」

シーダははにかみ、目を細めて頷いた。

「では、迎えを寄越しましょう。私は先にペガサスで戻ります」
「ああ、頼むよ」

ネスとムジュの与り知らぬところでとんとん拍子に話は進み、シーダは軽やかに子供二人に手を振ると、森の中へと駆けていく。どこに、と探すまでもなく、大きな羽音と共に木々の上に天馬に跨るシーダの姿が現れる。純白の天馬は一度ネスらの頭上を旋回すると、そのままぐんぐんと遠ざかっていった。白馬の向う先に、厳かな雰囲気で佇む城壁が見える。あれが僕の生まれ育ったアリティア城だよ、と誇らしげにマルスが言った。

*
「今日は、マルス様とそのご友人のご尊来を祝して、宴の席を用意いたしました」

先に城に戻っていたシーダに案内されるまま、大広間に通されたマルス達を待っていたのは、長机いっぱいに並べられた豪勢な食事だった。色とりどりの果物と野菜、香り立つ肉にふかふかのパンが金銀の皿に乗せられて、磨き上げられた銀器とグラスが給仕の者の手によってネス、ムジュの両脇に配置されていく。こういった賓客扱いに慣れてない子供二人が、狐にでもつままれたような表情で成り行きを見守っているのを、マルスはどこか面白がっている風に眺めていた。
そもそも、ネスとムジュはこのアリティア城に一歩足を踏み入れた時点からこの場の空気に完全に気圧されていたのだ。
豪華絢爛、といった意味では、ピーチ城のそれの方がはるかにきらびやかで華やいでいることだろう。しかし、ここで息づくのはキノコの従者でなく、厳しい顔付きの屈強な兵士たちで、穏やかながらもどこか張りつめた空気が漂い、装飾の少ない城内の雰囲気も、そういった無骨な印象を強める一因かもしれなかった。
裾までしっかりアイロンのかけられた皺一つない服を来た御者も、磨き上げられた鎧を身に纏った兵士も、城の中で忙しく走り回って仕事をしていたメイドも、皆がマルスに向って深々と頭を下げ、膝を折る。それに応えるマルスの横顔も、心なし凛々しく見える。彼が日頃から言う「王」とはなんなのか、今更のようにネスとムジュは思い知る。
それでも、さすがにこの状況を気の毒に思ったか、マルスがようやく口を開いた。

「そんなに固くならなくていいよ、いつも通りにしてくれれば」
「いや無茶苦茶言うなよ!この状況でいつも通りに過ごせるほど面の皮が…」

思わずネスは立ち上がりかけたが、はっとした様子で辺りを見渡すと口を押えた。一国の主に生意気な口を聞いてはならないと思ったのだろう。が、それにはクスクスとシーダが笑い声を漏らす。ごめんなさい、と前置きしつつ、彼女は喜ばしげに目を細めてネスを見つめる。

「本当に、マルス様と仲良しなのね」
「だぁッ!?違…!いや、そう…でもなくはないけど…」
「嬉しいわ、あなたたちといるマルス様は楽しそうだもの」

ネスのなけなしのプライドとマルスの体裁とシーダの心情を考慮した末の奇妙な悲鳴はあっさり看破され、シーダは心底安堵した様子で頷く。その様子を見ていたムジュは、ああ、と今更のように気付いた。森で彼女に会ったとき、彼女はこちらを警戒して気配を消していたのだと思っていた。だが、違っていた。シーダは、ネスとムジュの前で遠慮なく振る舞うマルスを見るために気配を消していたのだ。
シーダは次いでムジュを見て、言った。

「そちらの世界での話を、聞かせて欲しいわ」

宴もたけなわとなる頃には、ネスとムジュはアリティア王宮騎士団の面々と打ち解けていた。二人は時間も忘れて色んなことを話し込んだ。スマブラの世界のこと、自分の冒険のこと、マルスと過ごした日々のこと…。アリティアの臣下たちはシーダのみならず重騎士も、弓兵も、猛々しい騎士も、皆が聞き上手で二人は普段以上にお喋りだったかもしれない。が、それは寧ろ歓迎されて、誰もがこの不思議な少年の話を聞きたがった。
「あっ」と短くマルスが声を上げた時、ネスとムジュは幽霊屋敷にマルスと一緒に乗り込んだ時の話をしている最中だった。

「どうしたの?今、王子がかっこよく僕らを助けにきてくれた、って話を盛ってみんなに説明してあげてるところだったのに」

マルスを扱き下ろすネスの不躾な発言も、既にその友人としての遠慮の無さ故、とアリティアの面々から理解を得ているネスである。マルスは地団太を踏みながら「話なんて盛らなくたって僕は十分かっこ良かったでしょ!」と答えたが、即座に話の脱線に気が付いたのか、咳払いをして首を振った。

「いや、そうじゃない。もう辺りは真っ暗だ。あちらに帰らないと」


[ 4/32 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -