ようこそ、世界へ

*1

これより少し前、亜空の使者急襲でファイターたちに多大な迷惑をかけた、と珍しく意気消沈していたマスターは、彼の友人たちにお詫びと称して一人に一つ、世界を与えることを提案した。
世界の半分を分け与えると豪語した竜王もびっくり、なんとスケールのでかい謝罪である。といっても、彼らの故郷を模したごく小さな世界を仮想世界に構築するに留まったもので、いわば疑似的な里帰りを可能にした訳であるが、マスターの凝り性が妙に発揮されて、そこに住まう人々も、そこに流れる空気も、全てが再現された完成度の高い代物となっていた。マスターのこの提案は非常に好評で、誰もが自分の故郷の再現を待ち望んでやまなかった。
当然、ネスもそんなファイターの一人であったが、既に彼の故郷は再現され、今では別のことに少年の意識は向いていた。それこそ彼の友人である亡国の王子マルスの故郷の再現である。
故に、その朝、屋敷の大広間に設置された掲示板に、マルスの故郷アリティアが完成したことを告げるメモが貼り出されたのを見つけたネスは、誰よりそのメモを目を輝かせて見つめていたし、隣に立つムジュが「王子に教えてきてあげたら?」と言うと、ついつい普段の邪見な態度も忘れて大声でマルスを探しまわった。

「王子!王子!見た?王子の故郷、完成したんだって!」

朝食の席にやや遅れて現れたマルスとアイクの姿を見つけて、ネスは慌てて駆け寄ってマルスの服の裾を引っ張りながら、掲示板のある大広間の方向を指さして言った。まだ眠そうな顔をしていたマルスは驚いた様子で目を丸くして、そうなの、と気の無い返事を寄越す。痺れを切らしたネスはマルスの手を取り大広間の方に引っ張った。

「約束したでしょ!王子の家に僕を招待してくれるって」

そこでようやくマルスは覚醒したのか、自身の手を引くネスの前に流れるような動作で膝を折ると、恭しく頭を下げて芝居がかった口調で言った。

「ああ!勿論だとも、僕の小さな友人であるネス君!君の故郷では大変世話になったからね。僕の故郷アリティア城、是非君に一番に来て欲しい。…この誘い、受けてくれるかな?」

本物の王子からされるお姫様扱いである。ネスは途端に耳まで赤くして後ずさったが、それをいつの間にか背後に回っていたムジュが止めた。

「王子様からのお誘いだよ。返事してあげなきゃ、向こうの立場がないよ」

悪戯っぽく笑うムジュは、真実今の状況を楽しんでいるのだろう。マルスもまた、穏やかな笑みでネスの返答を待っているようだった。変な意地を張っても仕方ない、と観念したネスはぺこりと頭を下げる。――王子からの誘いに返す詳しい作法など知らないが、そんな細かいことを気にするようなマルスではないだろう。

「よろしく。…でも、ムジュも一緒だから」
「うぇ!?」

珍しく素っ頓狂な声を上げるムジュに、ネスは振り返りながら続ける。

「だって、王子の家ってお城なんでしょ!?僕みたいな一般市民が一人で行くのは緊張するよ!」
「あ、まぁ…王子がいいなら僕はいいけど…」

ムジュは気遣うようにマルスを見たが、マルスは寧ろ客人が増えて心底嬉しがっているように目を細めた。

「勿論いいとも!僕の臣下に直接ともだちを紹介できるんだから、そんな嬉しいことはない」

予想に反して全く毒気のないマルスの発言に、ムジュとネスは寧ろ反応に窮したように黙り込んだが、それに気付かないマルスはさて、と立ち上がって成り行きを見守っていたアイクを振り返った。

「そうと決まれば、昼前には出発したいね。早く朝食を食べて準備をしなきゃ。アイクも来るかい?」

普段なら、間違いなく首を縦に振るだろうアイクは、しかしこのときは申し訳なさそうに眉を顰めた。

「すまん、今日は大乱闘の予定が…」
「じゃあ、また今度だね」

それじゃあまたあとで、と快活に手を振る王子に、ネスもムジュはただただ呆然と手を振り返すのだった。

*

昼前、ネスとムジュが連れ立って転送装置が置かれる終点までやってきたときには、既にマルスがマスターと故郷への出発に向けた話を付けていたようで、二人が現れたのを見るとマルスは常より高いテンションで彼らを出迎えた。

「やあ!待っていたよ、さっそく出かけようか!」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、出かける前にいくつか注意事項をだね…マルス君私の話聞いてた?」

いの一番に転送装置に乗り込もうとするマルスのマントを慌てた様子のマスターが引っ張って引き止める。はて?と首を傾げるマルスに悪びれた様子はない。溜息を吐くように項垂れるマスターは、諦めたようにネスとムジュに向き直って言った。

「君たちは分別があるから大丈夫だとは思うけど、疑似世界の人々は君たちよりグレードの下がるフィギュアだ。雑に扱えば壊れてしまうし、修復もできない。それは忘れないでね」
「そんな、遊びに行った先で暴れたりしないよ」

マスターの諫言を不服そうに聞くネスだが、いいや、とムジュが考え込むようにマルスの装いを見ながら言った。

「王子の世界は、ネスの世界より治安が悪いもの。厄介ごとには巻き込まれない方が得策かもね」
「そうそう。減ったら補充しなきゃいけないし、君たちも嫌な思いしたくないでしょ」

さらっと物騒な発言をしながらも、まぁ君たちがいれば大丈夫だよね、とそれを感じさせない軽さでマスターは少年二人の頭をそれぞれ撫でるように小突いた。ネスは、その期待を満足げに受け止めていたが、一方のムジュは怪訝そうな顔でマスターを見返す。
この一団の引率者はどう見たってマルスだ。最年長だし、何よりこれから向うのは彼の故郷である。こんなことなら地の理もあるはずの彼に頼むのが道理ではないか。
が、マルスの様子は何やら先ほどからおかしかった。マスターの話もろくに聞いていなかったようだし、浮足立っていると言って差し支えない。それだけ今回の帰郷が彼にとって待ち望んだものなのかもしれない、との考えをムジュは即座に振り払った。それにしては、ネスから故郷の完成の一報を聞いたときの反応の薄さが気になる。寧ろマルスが反応していたのは、「ネスを招待する」ことだった。
これはさっそく厄介ごとに巻き込まれたぞ、とムジュは溜息を吐いた。

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