ようこそ、世界へ

*プロローグ

じうじうと肉の焼ける匂いが室内に立ち込めて、とんとんとまな板を叩く包丁の音が一定のリズムを刻む。台所を忙しく動き回る女性の背中を眺めていたマルスは落ち着かなく椅子から腰を浮かせたが、それを目敏く見つけた女性は振り返って首を振った。

「ダメよ、マルスちゃん。あなた、今日はお客さんなんだから」
「で、ですが」

マルスちゃん、と呼ばれたのは、蒼髪の美しい細身の青年。およそこのビビットな色合いの一般家庭には馴染まない中世貴族風のいでたちの彼は、助けを求めるように横で食器の配膳をしていた少年を見た。

「ネス君の家にお邪魔して、その上夕飯までご馳走になるんだ。何かお手伝いくらいさせてもらわないと」
「そんな遠慮しなくていいのよ。あなたはネスのお友達でしょ」

これはネスと仲良くしてくれているお礼、と女性――こと、ネスのママはウインクしてみせた。マルスはきょとんと目を丸くしたが、彼女の息子ネスは気恥ずかしそうにうつむきながら、マルスのマントの裾を引っ張って座るように促す。マルスは大人しくそれに従い、既に台所に向って鼻歌交じりで野菜を切り始めているネスのママに聞こえないように小声で言った。

「僕を友達だって紹介してくれたのかい?」
「ほ、他になんて言えば良かったのさ!いつも僕をからかって遊んでる外道王子だって?!」
「いや…」

ネスの逆ギレに近い反応に、しかしマルスはどこか気の抜けた声で応える。

「嬉しいよ…友達の家に招待されたの、初めてなんだ」

毒気のない青年の発言に、ネスは開きかけた口を閉じて「そう」とだけ呟いた。

今日のメインディッシュは、ネスのママ特製ハンバーグだった。彼女の手の平大に丸められたハンバーグは丸とも楕円とも付かない形で、屋敷でリンクが作るものとも、これまでマルスが故郷の城で見てきたそれとも違っていた。マルスは震える手でそっとハンバーグを切り分け、一切れ口に運んだ。その様子を見守っていたネスのママが、首を傾げながら問う。

「マルスちゃんは王子様なのよね。お口に合うかしら」
「…はい、とても、美味しいです。とても……」

言いながら、青年は言葉に詰まったように目を閉じた。ネスのママは、何も言わず、ただその様子を微笑んで見守る。
それ以降、マルスは普段の調子を取り戻してネスのママと、ネスと三人でよくしゃべり、よく笑った。食卓の料理が空になり、落ち着いたところで再びマルスは片付けをと申し出たが、それはネスのママに丁重に断られ、反対にスマッシュブラザーズまでの道中ネスをよろしく、と頭を下げられ恐縮しっぱなしなようだった。
ネスの家を後にして、オネットの外れ、スマッシュブラザーズに帰るための転送装置まで歩く二人は無言である。ネスはマルスの表情を窺うようにその顔を覗き見た。星明りの下で見る彼の横顔はおよそ不機嫌な様子ではない。そのことに安堵しつつ、ネスは意を決して口を開いた。

「ママ、すっごく喜んでくれたみたい。来てくれてありがと」
「ん…そんな、僕の方こそ招待してくれてありがとう。とても楽しかったよ。それに、素敵な母上だね」

ネスの声で我に返ったのか、マルスは一拍遅れて頷き、笑みを見せた。母親を褒められて嬉しくないはずがないネスである。少年は自分のことのように照れて笑い、気分を良くした様子で「そうでしょ」と肯定した。

「今度は、王子の家に招待してよ」

それ故に、ネスは快諾が得られるものとしてこの提案をしたのだ。友人同士がお互いの家を行き来するように、単にもっと相手のことを知りたいと思ったに過ぎない。

「そうだね。うん。勿論招待するよ。是非来てくれるかい」

歓迎の言葉を並べる反面、王子の返答に微妙な間があったことに、ネスが気付くことはなく、少年は期待に目を輝かせて「約束だよ!」と弾んだ声で応えた。


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