世界よ、愛しています

*14

王子の顔から血の気が失せた。タブーの名を聞き、全身の感覚が鈍麻したようだった。
が、その衝撃から立ち直るにつれ、王子の頭も冷えていく。彼は毅然と立ち、エインシャント卿を睨んだ。実のところ、エインシャント卿の要求に対して王子は明確な答えを持たなかったが、いきなり交渉を断ち切るのは得策ではないと踏んだのだろう、含みのある言い方で王子は返した。
デジタル時計のカウントは一分を切っていた。

「知らないでもないが…“あれ”が何を目論んでいるのか、それを聞かないことには答える気になれない」
「あれ…とハ?」

他の面々が見守る中、王子は冷え冷えとした声音で言う。エインシャント卿は問い返しながら、一瞬デジタル時計の電光板を見た。王子が苛立たしげに息を吐いた。

「あいつは何故マスターを…クレイジーを追う?」
「あのお方は神の力を欲していマス」

なんの感情もこもらぬ調子で、諳んじるようにエインシャント卿は早口に言った。

「亜空では絶対的な支配者であるあのお方モ、この世界へは進入すら許されぬ身。そんな真理を構築した神々をすげ替エ、自身が神になるおつもりなのデス」
「…ふざけてやがる」

スネークがぼやくが、これは全く黙殺される。エインシャント卿は王子を見下ろした。

「さテ、気は済んだでしょうカ?直にこの亜空爆弾にヨリ、この辺り一帯は亜空間に切り取られマス。出来ればその前ニ、破壊神の居場所を教えて頂きましょウ」

エインシャント卿のみならず、アイクたちの視線も王子に集まる。特に彼らにとって、唯一事情を知っているらしい王子だけが頼りなのだ。
しかし、王子はわなわなと体を震わせて、眉を危険な角度に吊り上げると、抜刀し、激昂した。

「…そんな馬鹿な理由で、あいつは方舟を襲ったのか…?彼らを殺したというのか!?その上また、僕から“世界”を奪おうと言うのか!!」
「そうは仰られましテモ」
「あいつの居場所を教えたまえ!今度こそ僕は逃げも隠れもしない。もう奪わせてなるものか!」

エインシャント卿めがけ、王子は構えた剣を前方に飛び出す勢いに乗せて突き出した。遠距離からの刺突である。が、エインシャント卿は円盤の浮力でさっと浮き上がると、人の手の届かぬ上空へと逃げ去ってしまう。それも合理、既に亜空爆弾のカウントは三十秒を切ろうとしている。
エインシャント卿は王子たちを見下ろし、俯くような仕草をしてみせた。目を閉じたのか、ローブの下の目の輝きが消えた。

「ご協力頂けズ、残念デス。…でハ、皆様ごきげんヨウ。もう会うこともないでショウ」
「待て!」

エインシャント卿は言うだけ言うと、振り返りもせずに遥か彼方へと飛び去っていった。王子はそれを追おうとするが、再び何処から現れたのか、森の中から先のと同じタイプのロボットが飛び出し、王子の行く手を阻む。
王子はそれを斬り倒して進もうとしたが、アイクが慌てて止めに入った。

「そんなことしてる場合か!あれが爆発するぞ!」

アイクは亜空爆弾を指差して叫んだ。既に逃げ出し始めていた他の仲間たちのうち、スネークが怒鳴る。

「少しでもいいから離れろ!急げ!」

それでもまだ躊躇している風な王子の腕を掴み、アイクは彼を引きずって無理矢理走り出した。デジタル時計の電光板は残り7秒と示している。
爆弾の大きさからいって、その爆発の規模は相当なものになるだろう。

残り6秒。爆心地に限りなく近い場所にいた彼らが、爆発に巻き込まれないところまで逃げ切るのは不可能に近い。

残り5秒。いよいよ爆弾につけられたデジタル時計の発する電子音がけたたましくなった。

残り4秒。亜空爆弾を起動する為に現れたロボットや、王子の行く手を阻んだロボットたちは、皆エネルギーが切れたように俯き、停止している。

残り3秒。「駄目だ、間に合わない――」誰かが叫ぶ。

残り2秒。アイクが一際強く王子の手を引いた。引きずられるようにして、王子の体は前方に放り出される形となる。

残り1秒。前に飛び出した王子にアイクは覆い被さり、彼を庇うように地面に倒れ込んだ。

アイクの背後で閃光が炸裂した。その様をアイクの肩越しに見つめ、王子は全身の血液が一瞬で凍り付いた気がした。

――何をしているんだ、僕は。
また、守られているじゃないか!

「やめてくれ――!!」


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