世界よ、愛しています

*72

ゆらゆらと身体が揺れている。周囲は穏やかな喧噪で溢れていた。耳障りではない。マルスは彼らの談笑する声が好きだった。規則正しいその揺れ方と、加えて人肌の温さに包まれる心地よさ。まどろみを手放すのが酷く惜しい。
その喧噪の中で自分の名が呼ばれた気がして、マルスはうっすらと目を開いた。すると、視界全てを覆うほどの至近距離に、黄色い生き物の笑顔が待ち構えていた。

「ちゅー!」
「ピチュー…?」

ピカチュウよりも幼い丸みのある身体が、マルスの頬に飛び付いた。熱いくらいの小動物の体温と、柔らかな感触が肌に触れる。目が覚めたか、と声をかけるのはアイクである。見上げる位置にあるアイクの顔を見てマルスは首を傾げた。どうやら気絶したマルスを、アイクが横抱きにして運んでいるらしかった。
そんなアイクを押しのけるようにして、青年二人がマルスの元に駆け寄る。息を切らして興奮気味に、それぞれがマルスの手を握って彼の顔を覗き込む。

「マルス!無事でしたか!私が、分かりますか!?」

真っ直ぐな金髪を真ん中できっちりと分けて、透き通る空色の瞳でこちらを見つめる青年は、しかし年の割に子供のように不安げな表情で、縋るようにマルスの手を握り締める。その手を握り返しながら、マルスは彼の名を呼んだ。

「…リンク?」

マルスの声を聞いた瞬間、青年――ことリンクは雷にでも打たれたように目を見開いて固まった。が、すぐさまその硬直から立ち直ると、マルスの手に頬を摺り寄せ静かに頷いた。

「お、俺は!?俺のことは、分かるか?」

次いで、今度は赤毛の公子が同じように手を取りながら問うた。リンクほどではないにしても、彼もマルスの反応を緊張をもってして待っているようで、自分の感情を全く包み隠さない彼の表情が酷く懐かしくて、マルスは思わず吹き出した。

「勿論わかるよ、ロイ。僕は記憶喪失じゃないんだから」
「ああ…マルス、良かった…あのまま、もう会えないかと…」

ロイもまた、マルスに縋り付くように俯いて肩を震わせる。その姿を見ながら、マルスはようやく動き始めた頭で理解した。ロイがいて、リンクがいて、アイクもいる。夢ではないことは、肌に触れる彼らの体温が教えてくれる。ここは、僕が望んでやまなかった世界なのだ。
ふと顔を上げると、星明りに照らされて聳え立つ白亜の屋敷のシルエットが見えた。迎え入れるように両開きの大きな木製の扉が開き、住人の帰還を伝えるベルが控えめに鳴り響く。
今回、この扉をくぐるのは一人ではない。古い友人たちも、この世界の新しい友人たちも、誰一人欠けることなく同じ場所に帰ることができる。

「帰ってきたな」

いつかの問いに答えるように、アイクが言った。マルスは何も考えず、いっそだらしがないほどに表情を緩めて頷いた。



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