世界よ、愛しています

*70

「まだ…まだだ!創造の力さえ手に入れれば…!」

一度は破壊神に恐れをなして逃げ腰になったタブーだが、思い出したように怒りの咆哮を上げると再びマルスへとその狙いを定める。衝撃波を放つ翅をソニックに破壊されたタブーではあったが、その翅から放たれる攻撃の威力は未だ脅威である。まずい、と身を固くするマルスだったが、その衝撃波が放たれるより早く、トゥーンとプリン、ウルフの攻撃がタブーを直撃した。タブーは激しくもんどりうって転がりながら吹き飛ばされたが、彼らがそうするのをさも当然だと思っていたように、クレイジーは驚いた様子もなく続けた。

「そりゃ、あの翅は厄介だモノ。アタシだって喰らったラひとたまりもナイもの。だかラ、マスターが回復するのヲ待ってたノヨ」
「ま、マスターハンド?」
「そう」

マルスの呼び声に反応したのはクレイジーではなかった。クレイジーが現れた空間の裂け目から、もう一つ白い手袋が姿を現した。左手の姿を模す破壊神と対を為す、右手の姿は創造神のもの。クレイジーと同じく轟く声で、マスターハンドは亜空間に降臨し、告げた。

「私が不在の間、よく戦ってくれた、我が友よ」

びりびりと響くその声は、まさしく神の名に相応しい威圧感である。が、そこに敵意はなく、彼らを友と呼ぶ言葉に偽りがないように親しみの色が深い。知らず、マルスは胸の奥から込み上げるものを抑え切れなくなった。このマスターハンドは、紛れもなく本物の創造神なのだろう。
マスターが一つ、ぱちんと指を鳴らす。それだけで万物の創造主である彼の力は混沌の亜空に具現して、世界に秩序が与えられていく。それを見たタブーは、今度こそ怯え、もがき苦しむような悲鳴を上げた。
天地も定かでなかった亜空間は、今や確かな足場に支えられ、道が敷かれ、世界としての枠組を取り戻していた。大迷宮は解き明かされて、全ての道がマルスらのいる場所へと繋がる。亜空に取り残されて散り散りになっていたマルスの仲間たちは、導かれるようにマスターハンドの下へと引き寄せられた。一方、亜空にしか居場所のないタブーは、残された僅かな亜空間へと這うようにして逃げ回るが、いくらも経たないうちに世界から混沌は消え去り、亜空間は全てがマスターの管轄する世界へと塗り替えられていた。
亜空で神以上だと豪語していたタブーの姿は、世界の中で輝きを失い大きさも一回り縮んだようだった。美しい翅は枯れ枝のように痩せ細り、見ている間にもパラパラと崩れ落ちていく。
そんなタブーの様子など歯牙にもかけず、マスターとクレイジーは揃ってマルスの前に並んだ。言葉に詰まるマルスに先んじて、マスターは項垂れるような仕草を見せた。

「マルス。君には負担をかけたね」
「そ、んな」
「だが、私の力を託したのが君で良かった。今までよく無事でいてくれた」

マスターは次いでマルスの横で成り行きを見守るアイクを見、同じくその周りで立ち尽くす英雄たちを見やって同じく頭を垂れた。

「君たちも、よくマルスを、世界を守ってくれた。本来なら、君たちを招き、もてなす立場の私が、ここまで君たちの足を引っ張り、助けられる立場に甘んじてしまうとは」
「ゴメンネ」

マルス以外の面々にとっては、もはや初対面に近い神二柱である。それでも一同はこの巨大な手袋が自らを造り出した創造主なのだと直感的に理解していた。故に彼らはマスターハンドとクレイジーハンドの謝罪を疑わない。そんな英雄たちの視線を受け止めて、再びマスターはマルスに向き直った。マルスは居住まいを正すように立ち上がり、マスターをじっと見返す。ふっとマスターの発する気が和らいで、マスターは労わるようにマルスの頭を人差し指で撫でた。

「だが、もう何も案ずることはない。君が無事でいてくれたおかげで、私はタブーの鎖から解放され、元の力を取り戻すことができた。せめてもの償いに、君に引導を渡す力を貸そう」

つい、とマスターの指先がマルスから離れる。と同時にマルスは自身の身体の中で何かがパキンと割れる音を聞いた。マルスの身体から金色の光が立ち上る。体の奥底から力が湧きあがるような感覚に、マルスは自身の両手を見下ろした。そして、直感する。これが、マスターに託されていた創造の力なのだと。

「マスターハンド」
「タブーにとどめを刺してくれるかい?その力で、君の手で」

マスターが穏やかに告げる。皆の視線がマルスに集まる一方、マルスは目の前で惨めに縮こまって命乞いすら始めたタブーを見つめた。あの恐ろしい風貌からは想像もできないほどに痩せこけて、全く無力化されたその姿は、既に憎しみや恨みなど抱けそうにもないほど、マルスの目には哀れに映った。
ともすれば震えそうになる指先を抑え込むように、マルスは神剣を握る手に力を込める。怒りではない。恐怖でもない。ただただ言い知れない虚無感しか残らなかった。こんな哀れな存在のために、これまでに払ってきた犠牲と流れてきた血の量を思うと、全く溜飲など下がるはずもないのだ。
それでも、これは必要な儀式なのだとマルスは理解している。一連の亜空の使者と旧世界の住人との戦いは、旧世界の人間であるマルスの手によって閉じられてこそ意味がある。そうして初めて、世界は新たな一歩を踏み出せるのだから。
情けなく許しを乞いながらマルスの足に縋り付いてくるタブーの声を敢えて耳に入れぬよう、マルスは天を仰いだ。

「リンク…ロイ……やっと…」

マルスは剣を天高く掲げる。神剣ファルシオンはそれ自体が光源となって光り輝き、その身にマスターハンドから借り受けた力が収束していく。マルス自身も羽のように軽い体で軽々と剣を構えると、渾身の力で飛ぶように踏み込んでタブーの心臓めがけて刺突を放った。
赤く脈打つタブーのコアをマルスの剣が正確無比に貫くと、それは全体に亀裂が走り、内側から爆ぜるように光を炸裂させた。光は増して、増して、一切の視界を奪い去るほどに強烈な閃光へと変わる。白亜の世界でお互いの姿さえも確認できない中で、タブーの絶叫だけが延々と響き渡った。


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