世界よ、愛しています

*67

会うだろうとは思っていた。こんな状況なら最も自分を惑わす相手だろうと思っていた。
しかし、彼はそこで仁王立ちし、こちらをじっと見据えていた。身を隠すでもなく、胸の前で腕を組んで、抑えきれない狂喜の色を目に煌々と宿し、マルス――ではなく、その横に立つ己の姿を穴が開くほど熱心に見ていた。

アイクの偽者。亜空の使者。タブーの駒。

「待っていたぞ、本物の俺」

彼は自身が偽者であるということを公言しながら凶悪な笑顔を見せた。

カービィに先導され、途中幾多の妨害に遭いつつも、一行は確かに亜空の大迷宮をその深奥へと進んでいた。道中には行方知れずになっていた仲間たちも転がっており、元々の面々に加えてリンク、マリオ、デデデ、ピカチュウが加わる。いよいよ大所帯になった一行は、幾つめかの扉を押し開いたその時、長い階段の続く先にぼんやりと浮かぶ、他とは際立って違う豪奢な造りの扉を発見したのだった。誰もがここが最奥だと確信した。変わらない亜空の景色ではあったが、そこは他より一段暗く、そうして他に道もない。
しかし、その階段の前には腕を組んで仁王立ちする男が一人。主へと続く道を守るかのようなその立ち位置だが、それにしては彼から忠誠心や義理といったものは感じられない。
リンク、メタナイトが警戒するように剣を抜く。しかしそれを片手で制してアイクが答えた。

「俺を探していたようだな。俺に何か用か」

亜空マルスの最期を見届けた彼は、僅かなりとも亜空の兵士らの境遇を憐れんだのだろう。しかし、亜空が造り出した兵士アイクは、興奮した様子で喉の奥で笑った。

「本来、待つのは性に合わんのだが、入れ違いになられても困る。亜空は広い。禁忌でさえ掌握できないほどに」
「…その奥に、タブーがいるのか」

階段の奥の扉を見やりながらマルスが震える声で、問う。亜空アイクはちらりと肩越しにその視線を追い、どうでもよさそうに頷いた。

「ああ、いる。…あんた、マルスか?」

そうして、ようやく自分以外の存在に気付いたのか、首を傾げてマルスと、その後ろに並ぶ一同を見た。

「そういえば、俺の仕事はあんたを殺して依頼主の前に引きずり出すことだったな」
「な」
「禁忌はあの扉からこちらへは出られない。それほどまでに衰弱させたんだ、あんたが」

亜空アイクはマルスを指さし、にやりと口角を吊り上げた。その動きに敏感に反応したネスとマリオがマルスを庇うようにその前に立つ。だが、亜空アイクはこれまた興味なさそうに首を振り、「まぁ、別にそんなことはどうでもいいんだ」と地に突き刺した剣を抜き放ち、その切っ先をもう一人の自分――アイクに向けた。

「話を戻そう。蒼炎の勇者アイク。決闘を申し込む」
「…は?」

数瞬、時が止まったように流れる沈黙。話の流れがまったくもって理解不能だが、ただアイクだけは己の超論理を真顔で聞いていた。

「名だたる強者たちと剣を交えてきた。これからもそうだろう。だが二人だけ永遠にそれが敵わない相手がいる。親父と、俺自身だ」

アイクが瞬時に剣を構えると、居合斬りで一気に距離を詰めてきた亜空アイクの剣がその刀身と噛み合った。ぎゃり、と金属同士の擦れる音が響く。二人のアイクが刹那睨み合って、そしてどちらともなく凶悪に笑った。
亜空アイクの蹴りがアイクの腹に深々と入り、僅かにその拮抗が崩れたかに見えたが、それも一瞬、よろめいた足をそのまま踏み込み、アイクの頭突きが亜空の使者の額を襲う。聞くに堪えない音がして、二人は仰け反って後ずさる。額に巻かれた鉢巻はじわりと赤く滲んだが、そんなことを気にする素振りは勿論一切なく、再び両者の剣はお互いの首を狙って振り下ろされた。
全く蚊帳の外になったリンクたちは、二人に干渉しない距離で遠巻きにそれを眺め、無言でこの状況に救いを求めていた。短いながらもこれまでの付き合いで、アイクに戦闘狂な一面があることなど全員が知っている。より強いものとの戦いを望んでいることもまた然りである。アイクが負けるかもしれない――との懸念は誰しも抱いていないが、実力の拮抗する両者の戦いが長引くのは必至。亜空アイクの言葉を信じるならば、現在タブーは亜空ですら行動を制限されるほどに衰弱していて、叩くならこの機を逃す手はないわけだが、それでもこの状況でアイクに助太刀する勇気はない。それはアイクの戦士としての誇りを傷つけることに他ならない……

ふらりと、マルスが歩み出る。のみならず、そのまま低い体勢で走り出し、切り結ぶアイク二人の下へと突っ込んでいく。その助太刀は、アイク自身によって拒まれると見守る誰もが思った。しかし、アイクは駆け寄るマルスの為に道を空け、その上自身も更なる攻撃を亜空アイクに加えようと身構える。思いがけず作られた2対1の構図に、即座に不利と判断した亜空アイクは間合いを取って闖入者に吼えた。

「決闘に助太刀とは無粋だろうが、ああ?」
「よく考えたら、僕には君たちの決闘を見届ける義理なんてないんだよね」

亜空アイクが何か言うより早く、追い縋ったマルスの剣が彼を襲う。その神剣の切っ先が肩掛けの革のベルトを弾き飛ばし、浅く彼の肩を薙ぐ。暗い色の血飛沫が舞う。
一方アイクは、マルスの手出しを怒ることもなく、寧ろ彼が造り出した一瞬の隙を予期していたかのように、既にとどめの体勢に入っていた。

「強い奴と戦いたいお前の気持ちもよく分かるが、悪いな、先約があるんだ」

飛沫くのは鮮血でなく霧状の影虫だったが、それでも一瞬亜空アイクの視界を遮るには十分だった。一刀両断に振り下ろされたアイクの剛剣は、亜空アイクの死角からその身体を引き裂き、叩き割る。
思いがけない終幕に声も出ない様子の亜空アイクに、アイクは短く言った。

「マルスとの約束が先だ」

果たして、霧のように掻き消えていく自分の分身にその言葉は届いたかどうか。
最後の霞も消え去って、辺りに静寂が戻るとようやく、アイクとマルスは剣を収めた。


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