世界よ、愛しています

*66

「あれ?」

マルスとルイージを先導するネスが、唐突に立ち止まる。その怪訝な表情に大人二人は身構えたが、ネスは微かな気配を探るように首を傾げた。

「どうかしたのかい?」

ルイージがすぐさま問いかけるが、ネスはルイージに答えず、じっとマルスを――もとい、その腰に提げられた鞘を見た。

「なんだろう…この感じ…」
「敵かな」

鞘を腰のベルトから抜き、剣のように構えるマルスだったが、ネスはその腕を下げさせる。

「いや、多分、マルスの剣だ。…なんか、壁の向こうにある感じ。こんな近くまで来ないと分からないなんて…変だな」

言いながら、ネスは両手を伸ばして虚空を掴むような仕草をしてみせる。何をしているのか、とその様子を見守るマルスとルイージだったが、ネスが「あ」と声を上げるとその手が何かを掴んだ。すると、それまで何もなかった亜空にネスの手元から広がるように一枚の両開きの扉が現れる。彼が掴んでいたのはその取っ手だった。ぼんやりと光るそれは宙に浮いているように見えたが、しかし実際に触れているネスが言うにその場にしっかり立っているらしい。

「隠されていたのかな?なんでだろう」

恐る恐る扉に近付くルイージが呟く。ネスは扉の取っ手を握ったまま、頷いた。

「一方通行だったんじゃないかな。本当は“向こう側”からしか見つけられないから、向こう側からしか開けられない」
「それじゃあ、開かないのかい?」

せっかく見つけた手掛かりなのに、と肩を落としかけたマルスだったが、ネスはそのまま扉を押し開いた。扉は子供の力でも抵抗なく開き、そうして彼らの目の前に現れたのは亜空とは一変した景色だった。
小高い丘とその頂上に聳える白亜の屋敷。彼らには見慣れたファイター一同の住まいである。降り注ぐ日差しは柔らかで、吹き抜ける風はそよそよと足元の草をなでていく。

「え…なんで?」

立ち尽くすネスとルイージだったが、マルスはふらふらと足を進めてさらに奥へと進んでいく。その目指す先を見た二人はぎょっとした。丘の中腹あたりにアイクとカービィ、メタナイトが立っていた。仲間との再会は喜ばしいことだが、それが本物だった場合に限る。それ故にネスもルイージもまずこの仲間の姿をした何者かを疑った。言わずとも、マルスも疑うだろうと思っていた二人は、予想に反して彼らの元へ駆け出したマルスの背中を見て数瞬反応が遅れた。

「ちょっ…マルス!戻って!まだ本物かどうか…」

慌ててネスが声を上げるが、マルスは聞く耳を持たない。こちらに気付いたらしいアイクが同様にマルスめがけて走っていくのを、同じく慌てた様子で止めようとするカービィとメタナイトの様子にネスらが気付く余裕はない。全力で駆け寄るマルスとアイクの姿をただはらはらと見守るしかない面々は、目を覆いたくなる気持ちを堪えて固唾を呑んだ。
そうして全く減速することなく、ぶつかるように近付いた二人は――お互いの無事を確かめるように、何も言わずにただ固く抱き合った。
遅れて後を追ってきたネスとルイージ、そしてカービィとメタナイトは、かける言葉もなく困ったようにその様子を見守ることしかできない。
どのくらいそうしていたのか、先に動いたのはマルスだった。ぽんぽん、とアイクの背中を叩くと、彼はようやくマルスの背中に回していた腕の力を緩め、マルスを解放する。普段の仏頂面でマルスを見下ろしながら、血で固まった蒼髪に触れ、砕けた鎧を撫で、囁くように「怪我は」と問う。そこに色濃く浮かぶ疲労を見て取り、マルスが苦笑する。

「ネス君が手当してくれたから、今はどこも。君は?」
「…疲れた」

思いがけずよわよわしいアイクの声に、さすがのマルスも表情が固まる。

「だいじょうぶ?」

心配そうなマルスの言葉に、アイクは一瞬何かを言いかけるように口を開いたが、結局そのまま首を横に振った。

「五体満足だ。…ああ、これを」

ふと思い出したようにアイクは腰に提げていた剣を抜く。持ち手はやや血で汚れているものの、刀身は依然として白磁に輝く神剣ファルシオンである。ついに正当な持ち主の手に戻ったそれは、マルスの手によってしゃんと鞘に納められた。その姿を見たアイクが安堵したように肩の力を抜くと、同じくマルスも表情筋を緩める。そのままふいとアイクから離れ、唖然と固まるカービィとメタナイトに向き直る。

「カービィ!卿!無事で良かった!」
「ま、マルスも…」
「ああ…」

膝を折り、花が咲くような笑顔で二人の手を取り喜ぶ青年に、今更偽者の疑いをかけるのも馬鹿馬鹿しい。その後ろでようやく、ネスとルイージも緊張を解いたようだった。

再会を喜んだのも束の間、ここが敵の手中に収められた危険な場所であることは変わりない。長居は無用と判断した彼らは、この迷宮のさらに奥へと進む決断を下す。とはいえ、地図も目指す方角も分からないまま彷徨うのではあまりに効率が悪いのだが、そこはそれ、主人公力が暴力的にモノを言う。

「ボクねー、こっちが奥に進む扉だと思う!」

アイクらが通ってきた扉とも、マルスらがくぐり抜けてきた扉とも違う、第三の扉を指さしてカービィが言う。根拠も何もない単なる勘であることは、既にカービィと行動を共にしてきた一同に明白であったが、それでもカービィは自信を持って頷く。

「なんとなくだけど、この世界の雰囲気、ボクが前冒険した“鏡の大迷宮”に似てるんだ」
「鏡??」

ネスがきょとんと首を傾げる横で、メタナイトが嫌なことでも思い出したように身震いする。しかしそこに言及する前に、カービィが懐かしむような口調で言った。

「扉を通ると全然違う世界に出るところとかそっくり!だから、きっとこの世界も、扉をたくさんくぐっていけば、一番奥に行けると思うの」

何となく、説得力のあるような気がする言葉である。ルイージも「なるほど…」と頷いている辺り、彼らの冒険の世界観は似ていたのかもしれない。城を攻め、国を落とす戦いしか知らないマルスやアイクには共感しかねる発想だが、ここで他に良い代案もない。

「あながちカービィの勘も間違ってはいないかもしれない。聞けばタブーとやらはマスターハンドの模倣しか能がないそうだ。この大迷宮の仕組みも、もしかしたら鏡の大迷宮を模したものに過ぎない可能性はある」

メタナイトがそう言うと、カービィは「ボクの勘を疑うのー!?」と膨れてみせる。無論、メタナイトはカービィの言を疑ってなどいなかったが、それは不安そうなマルスとアイクを安堵させるための発言だったようだ。メタナイトが続ける。

「こういう時のカービィは頼もしい。信じてもらって大丈夫だ、私が保証する」

仮面の下で彼は微笑む。ボクはいつだって頼もしいんだからぁ、とさらに膨れたカービィがその仮面をぽかぽかと叩いた。


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