世界よ、愛しています

*64

「僕はねぇ、タブーに創造された、“この世界”のマルスなのさ」

高らかに宣言する亜空マルスは、弾む声色とは裏腹に、明確な殺意を持って剣を振るう。その標的はアイクで、前に進み出て彼をかばうようにしたメタナイトは素通りされるという異様さである。アイクはといえば、剣を抜きつつも反撃したものか迷った様子で、珍しく煮え切らない風である。

「アイク!しっかりしろ、奴は敵だ!」

メタナイトの喝と共に、亜空マルスの鋭い突きがアイクの喉元を狙って繰り出される。危うく上体を逸らしてかわしたアイクは、その勢いのままに身体を捻ってラグネルを一閃する。半ば弾かれる形で亜空マルスの攻撃は軌道を変えて、しかしそれさえ上手く流して武器を取り落とすこともなくアイクの横をすり抜ける。
アイク、と再びメタナイトが声を上げるが、アイクは短く「分かっている」と頷いた。そのやり取りを聞いた亜空マルスが甲高い声を上げて嗤う。

「あはっ!動揺してるかと思ったけど、意外と冷静なんだ」
「戦場で動揺して剣が鈍るようならここまで来ていない」

肩の高さに剣を構え、亜空マルスと向き合うアイク。亜空マルスはそれを聞くとどこか恍惚とした表情で目を細め、「君みたいな優秀な兵士とは戦争中に逢いたかったねぇ」と同様に剣を構えた。
そんな彼の姿を油断なく見据えながら、アイクは考える。頭を使うのは自分の本分ではないとアイク自身も理解している。それゆえに肌で感じる亜空マルスから漂う違和感の正体を探らずにはいられない。無論、亜空マルスは、アイクの知るマルスとは別人である。違和感があるのも当然だろう。だが、アイクが感じるものの本質はそういった類のものではなかった。
違うことに異質さを感じるのではない。同じ過ぎることに引っ掛かりを覚えるのだ。

「騎士道なんて発揮してないで、全員で斬りかかってきていいんだよ?」

やや離れたところから成り行きを見守るメタナイトとカービィに、亜空マルスは煽るように語りかける。メタナイトは返答に窮した様子で口ごもったが、毅然とした様子でカービィが返す。

「そうしたら、キミの思うツボでしょ。同士討ちさせようたってそうはいかないんだから」
「あらら、鋭い」

一瞬、おどけた様子で亜空マルスは肩を竦めた。刹那、アイクが大きく一歩踏み込み、亜空マルスに斬りかかる。それまでのおどけた表情から一転、金の瞳孔をかっと見開き即座に亜空マルスは反応してみせる。神剣同士が斬り結ぶこと数回、金属の擦れ合う音が耳に纏わり付く。亜空マルスのその瞳孔の奥に渦巻くのは、澱んだ錆のような黒い渦。それが彼ら亜空の兵士を構成する影虫なのだろう。彼の本質は影虫であり、タブーがそれに記憶を与え、形を与え、今の姿をしているに過ぎない。――過ぎないのだが、影虫の集合であると斬って捨てるには、その瞳はあまりに表情が豊かだった。

亜空マルスが袈裟懸けに剣を振り下ろす。
――こちらを嘲るように見ているその目は、しかしアイクが一太刀返すごとに驚きと期待の色に変わっていく。
負けじと横薙ぎに剣を振るアイクだが、それは素早く屈んだ亜空マルスの頭上を通過し彼のティアラを弾き飛ばす。
――それはいつしか、戦いを愉しむような表情に変わって。
大振りのアイクの懐に飛び込んだ亜空マルスは、その鳩尾めがけて剣の柄を叩き込む。あまりの衝撃に思わず咳き込むアイクだったが、追撃にと迫る亜空マルスを視界の端に捉えた刹那がむしゃらに蹴りを繰り出す。
――殺してくれ、と懇願していた。
それは亜空マルスの甲冑を蹴り飛ばし、彼もまたぐぇっと短く悲鳴を上げて仰け反った。

仰け反ったままに数歩後ずさり、亜空マルスは息を整えようと肩を上下させる。それはアイクも同じで、鳩尾を押さえて油断なく亜空マルスを見据える。

「…はは、嫌になるくらい真っ直ぐ僕を見るんだね」

口元を手の甲で拭いながら、亜空マルスは疲れたように笑う。その瞳に浮かぶ諦観の色をアイクは見逃さなかった。

「そんな泣きそうな顔をされては、目が離せないからな」

アイクがそう返すと、初めて、亜空マルスが不愉快そうに表情を歪めた。それまではどこか余裕すかした笑みを浮かべてアイクを見下していた彼が、その刹那に体内の影虫が噴き出すほど怒りを露わにしたのである。髪が逆立ち、マントが翻り、金色の瞳が妖しく光る。

「馬鹿に、してるのか?僕が、いつ、泣きそうな顔をしたって?」
「ひっ」

そのあまりの気迫に、カービィとメタナイトは思わず後ずさる。が、アイクはその場で変わらず亜空マルスを見据えて、答えた。

「今、まさに」
「適当なことを言うな!」

吼えるように叫び、亜空マルスがアイクに飛び掛かる。感情的になっているとはいえ、技巧は損なわれない神速の剣がアイクを襲う。
叩き付けるような攻撃に、真っ向からアイクの剣が押し返す。ぎゃり、と聞くに耐えない音がして、二人の長剣が交差するのも束の間、鍔迫り合いは即座に弾かれ、二度、三度と激しい打ち合いが続く。

「僕は、君が知ってるマルスとは違う!なんで僕が、泣いたりしなきゃならない?理由を、言ってみろ!」

一言ごとに激しく斬り付けてくる亜空マルスを、しかしアイクは完璧にいなしてみせる。いなして、亜空マルスが僅かにバランスを崩した隙に、アイクの横薙ぎが反撃に出る。それは間一髪のところで亜空マルスの剣に防がれたものの、彼は衝撃で大きく後退せざるを得ない。

「死ぬつもりなんだろう、あんた」

一見、脈絡のない指摘に、しかし亜空マルスは目を見開いた。

「…は、はぁ?なに…言ってるんだい…」
「俺に殺されるつもりだ。だから俺を挑発した。あんたは、最初から俺たちを殺すつもりなんてなか…」
「君を挑発したのは、君が一番感情的になりやすそうだったからだよ!」

皆まで聞かず、亜空マルスは激高して喚き散らした。剣を振り回し、アイクにそれ以上を言わせまいとしているようだった。

「そうだとも、“彼”が一番頼っているのは君らしいからねえ!?君さえ殺せば、あんな紛い物死んだも同然さ!そうすれば、世界はタブーのものになる。タブーの手で生まれ変わった世界で僕は本物だ。そこが僕の世界だ、僕の、僕の愛する世界が、そこに――」


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