世界よ、愛しています

*63

メタナイトを加えたところで、現状何かが変わった訳ではなかったが、それでも格段に一行の足取りは軽くなっていた。敵との遭遇も仲間との再会もないままに、ふと見慣れないものを見つけたカービィが声を上げて二人を止める。カービィが見つけたのは扉だった。上も下もなければ、仕切りらしいものもない亜空間にぽつんと浮かぶ両開きの扉。不自然極まりない上に、罠の可能性も捨てきれない。慎重に、との声をメタナイトが上げる前に、アイクがそれに触れていた。

「アイ…罠かもしれんぞ!気を付けろ」
「すまん、気を付ける」

気を付ける気があるのかないのか、アイクはそのまま扉を押し開く。カービィとアイクが身を乗り出してその向こうを確認するのを、メタナイトはハラハラと見守っていたが、それも杞憂に終わる。扉の向こうには一面の緑が広がっていた。背の低い草花の生えた小高い丘のてっぺんに、白壁に赤屋根の大きな洋風の屋敷がそびえ、見上げればどこまでも透き通る青い空を、白い雲がゆっくりと流れていく。吹き抜ける風も記憶にあるそのままで、見慣れた景色に思わず一同は溜息を漏らす。
それは、彼らが住まう屋敷だった。もう離れてどれだけの時間が経つのか、とても長い間見ていない気がするそれを、三人は感動をもってして見上げていた。

「何故こんなところに…?」

至極当然の疑問が、すんなり出てこない程度には驚きの極致にあったアイクが呟く。カービィが身体ごと傾けながら答えた。

「亜空爆弾で切り取られた世界は、こうやって亜空の中にしまわれたのかな?」
「さっきの扉は、切り取られた世界に入るための入口だったという訳か」

メタナイトも納得した様子で頷く。そうして辺りを見渡した彼は、入ってきた扉とは別に、もう一つの扉が屋敷のそばに浮いているのを発見し、カービィとアイクにそれを伝える。それを通ればさらに亜空の深奥に近付けるのではないか、との彼の推測をアイクとカービィは支持し、一行は丘を横切り扉に駆け寄った。
アイクが扉を開けようと手を伸ばした刹那、扉は外側から何者かによって押し開けられる。反射的に飛び退って剣に手をかけるアイクとメタナイトは、扉から出てきた人物を見て目を丸くした。マルスだった。
マルスもまた、目を丸くして一行を見たが、三人の顔を確認するように見つめると、途端に顔を綻ばせて相好を崩した。
「君たち!無事だったんだね」

剣を構えようとするアイクの間合いに迷わず踏み込み、マルスはアイクの手を取り微笑んだ。これまでの偽者騒動が記憶に新しいアイクとしては、この行動には度肝を抜かれたが、マルスはそのままカービィの前で膝を折り、同じくメタナイトにも同様に怪我はないかと尋ねてその手を取った。
重ねたその手は、間違いなく人の体温をしていた。はにかむその表情も記憶にあるままのマルスである。何を疑うことがあるのか、とアイクは己の疑心暗鬼な心を叱った。

「マルス、マルスなんだな…お前こそ、無事で…怪我はないか?」

アイクが問うと、マルスは立ち上がってその場でくるりと一回転して見せた。
蒼い装束には染み一つなく、傷も汚れも見当たらない。

「この通り、怪我一つないよ。ご心配なく」
「隠してるんじゃないだろうな?」
「はは、隠して得なんてないだろう?」

悪戯っぽく笑うマルスに、緊張の糸が解けたようにメタナイトとカービィが肩の力を抜くのが分かる。アイクもまた、額に浮き出た冷や汗を拭い、ふと思い出して己の腰に提げていたマルスの神剣を取り出した。

「そうだ、マルス。これを拾った。血だらけだったから、一応拭って清めておいたが…」

本人に返さねば、とそれをマルスに差し出しかけて、アイクは固まった。
マルスの腰に提げられた鞘には、見慣れた神剣が収まっている。マルスもまた、アイクに差し出された神剣を見て固まっているようだった。
カービィが慌てて二人の間に入って声を上げる。

「お、落ちてた方の剣がニセモノなんだよね!ボクたちを混乱させるための罠なんだよね、そうだよねマルス」

そうであって欲しい、と懇願するようにカービィが叫ぶ。或は、本当に味方同士だった場合の同士討ちを恐れての発言かもしれない。しかし、マルスはカービィを見やって小さく笑うと、顎に手を添えながらふむ、と小首を傾げた。

「そうか、彼、剣を落としていたんだ。そういえば、腕を折られていたからね。握っていられなかったんだろう」
「なん、なんの話…?」

恐る恐るカービィが問うと、マルスは先ほどと変わらぬ邪気のない笑みを浮かべて自身を指さした。

「僕の話、マルスの話さ。とても滑稽だったよ、タブーに蹴られて、殴られて、最後の方は泣きながら助けて欲しいと懇願していたね。腕も足も折れて、一体あの体でどこに逃げたのやら。おかげで僕が迷子探しに駆り出されて。タブーも人遣いが荒くて困るよ」

マルスはすうと目を細めてアイクらを見た。その表情さえも、これまでアイクが見てきたものと同じで、内心アイクはぞっとせざるを得ない。他人を見下し、嘲る表情すらマルス本人の再現なのだ。――この、マルスの偽者は!
そんなアイクの動揺を見抜いたかのように、マルス――の偽者は、うっとりとした表情で自身の頬を愛おしむように両手でなぞった。

「でも、収穫もあったよ。アイク、君はマルスに最も近しい人間だった。その君が僕を一瞬でもマルスと認めた。つまり、僕は、本物のマルスになれるんだ」
「お前が…お前は本物のマルスじゃない!」

アイクが激高し、剣を抜き構えると、亜空マルスは大仰に傷付いたような素振りをして見せて、ふらふらと数歩後ずさった。その仕草に僅かなりとも狼狽えた様子のアイクやメタナイトらを見て、亜空マルスは声を上げて嗤った。

「君たちの知るマルスは、本当のマルスだったかい?」
「なに」
「大体、マルスって誰だい?国を救った亡国の王子?大陸を統一した英雄王?」

メタナイトが静かにアイクの前に歩み出て左手を上げた。まともに取り合うな、と言っているらしかった。亜空マルスが本物と違わぬ戦闘力と口車を持っているなら、相手にするだけ相手の思う壺なのだ。メタナイトの言うことにも一理あるとアイクは頭で理解していた。していたものの、彼は亜空マルスの声を聞き流すことはできなかった。

「なら、僕もマルスだ」

狂暴な本性を隠そうともせず、牙を剥くように剣を構える亜空マルスに、いつかの彼の姿が重なった。


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