世界よ、愛しています

*61

「ちょっと」

ネスの頭に触れようとする手を、横から別の手が掴む。ルイージがリンクの腕を抑え込むように下げさせた。
ルイージらしからぬその行動にマルスとネスは目を丸くする。が、リンクの方は笑みを崩さず首を傾げた。

「なんの真似だ?」
「それはこっちの台詞だよ。ネスに何をするつもりだったんだい?」

空いた手で下がれ、とネスに指示するルイージに、しかしネスもマルスも反応できない。彼は何を警戒しているのか見当も付かない。が、リンクはルイージを見て目を細め、にたりと笑った。
その目を見てようやくマルスも理解する。遠い空色の透き通った気高さはなく、その奥にどろりと濁った昏いものが蠢く。ああ、これは、リンク君ですらない。
咄嗟にマルスがネスを突き飛ばすのと、リンクがルイージの手を払い除けるのがほぼ同時。依然掴まれたままのマルスの腕に目標を切り替えたリンクが関節を固定にかかり、さらに可動域を越えた方向にぎりぎりと力がかかる。マルスが足を伸ばして抵抗を試みるが、それより早く膝を割り入れられて、不味い、折られる――とマルスが歯を食いしばるより先に、ルイージの拳がリンクの顔面を打ち抜いた。拘束が一瞬緩み、間髪入れずにマルスはリンクから離れてネスを抱えて飛び退る。が、リンクは追撃に動かず、鼻から滴る血を手で受け止めて、ただ笑った。

「ふ、ふふふ…なんで分かった?」

目の前のそれは、確かにリンクではなかった。だが、その造りはあまりにリンクそのもので、見ていてぞっとするものがある。滴る血の赤さも、弾む息遣いも、これまでの亜空軍とはまるで違う生々しさ。マルスが絶句する横で、ルイージは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

「マルスの腕が折れたこと、リンクは知らないはずだろ。マルスは一人でタブーと戦っていたんだから」
「ああ、そうか。うっかりしていた」
「君は一体何なんだ…」

ルイージが問えば、リンクの姿をしたそれは手の甲で血を拭い、その質問を待っていたとばかりに興奮気味に答えた。

「俺はリンク。俺こそがリンク。これから生まれる亜空間で、亜空の創造主に造られた俺こそが本物の勇者リンク!」
「亜空の創造主…タブーに造られたってこと?」

マルスの腕から降ろされたネスは、慄いた様子で囁く。そうだ、と頷いてリンクは背に負った剣に手をかけた。来る、と身構えるルイージらを見て、彼は好戦的に笑う。

「お前らがいたら俺は本物になれない。マルスが死ねば世界は生まれ変わる。生まれ変わった世界で俺は本物だ。ネスのヒーリングは厄介だが、ここで潰せるなら好都合」
「マルス、下がっていて」

鋭くルイージは一喝し、彼は前方に走り出していた。それと同時にリンクが剣を抜き放って肉薄してくる。ネスのPKファイヤーは牽制にすらならずに盾に弾かれ、殴りかかったルイージの拳は剣の柄で叩き落とされる。リンクの狙いはヒーラーのネスである。ルイージをかわして勢いも殺さずに低い姿勢から突きを繰り出してくるリンクの殺意は、一貫してネスの首を刎ね飛ばすことに注がれていた。生身の少年にそれを防ぐ手立てはない。頼みのPSIも、獣のようなリンクの動きに反応しきれていない。
反射的にネスが一歩下がるのと入れ違いに、マルスが一歩前に進み出た。
ネスを庇うように出てきた彼は、素早く腰に提げていた鞘を抜き払い、リンクの突きを逸らす。そのまま鞘を相手の刀身に滑らせて、リンクの持つ剣、マスターソードの鍔に押し込む。一瞬鍔迫り合いのようにリンクとマルスの視線が交錯するが、それも長くは続かない。鍔にかかった鞘をマルスが全体重をかけて地面にむかって押し付ける。予想外の力の掛かり方に対応の遅れたリンクはそれでも剣から手を離すまいとしたために、体勢を崩した。
そこにルイージの炎を纏った拳が飛び込んでくる。防御もままならずにボディーに決まった重い一撃に続けて、ネスのPKフラッシュが襲い掛かる。
果たして彼は、この数の不利を一人でどうにかできると本気で思っていたのだろうか。あるいは、ヒーラーのネスさえ倒してしまえばあとは丸腰のマルスと、警戒すべきルイージとの戦いが残るのみで、油断や慢心があったのかもしれない。そもそも、元の世界で彼は孤独に戦う勇者だった。数の不利など当たり前で、味方などいない戦いを送り、この瞬間さえもその延長だと思っていたのかもしれない。
まるでこの世界での経験のないリンクなら、選んだかもしれない行動。タブーに造られたというリンクの言葉は真実なのだろう。――造られて間もない、オリジナルに近いリンクなのだから。
PKフラッシュに焼き尽くされて、リンクと名乗ったそれは内側から爆ぜるように霧散した。溶けるように消えていくマスターソードにかかっていたマルスの鞘がことりと転がり落ちる。本物のリンクは無事だよね、と怯えた様子で口走るネスに、ルイージが慌てた様子でもちろんだよ!と頷いたが、そこには確かな自信はないようだった。が、それをマルスが後押しする。

「彼が本当のリンク君なら、倒されてもフィギュアに戻るだけだろう。心配いらないよ」

彼がタブーの用意した兵士ならば、それを倒さずして先には進めないだろう。

「もしかしたら、似たような敵がまた現れるかもしれない。仲間を見つけても、本物かどうかを見極めてから合流しないと」
「僕、ちっとも分からなかったよ。大丈夫かなぁ…」

ぼやくネスに、今度はマルスも大丈夫とは返せない。自分もリンクの偽物に気付けなかったのだ。先の世界で付き合いのあった友人たちは、一目見てその違和感を見抜ける自信があるが、新しい仲間たちと過ごした時間は非常に短い。真贋の区別はもしかすると付けられないかもしれない。唯一リンクの違和感に気付いたルイージも、次は自信がないよと後ろ向きな発言である。

「…とりあえずフィギュア化させてみたら、本物かどうか分かるんじゃないかな?」

ふと思い立ったことをマルスが口走ると、ネスとルイージが青い顔をして「やめた方がいいと思う!」と声をそろえて叫んだ。


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