世界よ、愛しています

*60

気を取り直したようにネスは胸元に付けた金のブローチを示した。デデデの顔を模した、あまり趣味がいいとは言えないブローチが鈍く光る。

「でも!このブローチがあるから大丈夫。これは僕たちをフィギュア化から復活させてくれるものなんだ。クレイジーは、このブローチを着けた人を、もしもの時の“保険”にしたんだよ」
「デデデとネスからその話を聞いたときはさすがにすぐには信じられなかったけど…クレイジーは約束通り僕たちを復活させて、こうして君を見つけて合流できた。保険、効いただろ?」

改めて、ルイージがマルスの前に手を差し出した。遠慮がちな彼には珍しく、はっきりと手を取れと意思表示しているようだった。マルスはその手を借りて立ち上がる。痛みはしたが、ネスの治療の甲斐あって歩くことも可能そうだ。
ふとこれまで疑問に感じていたことを思い出す。そもそも、マリオやリンクたちはネスらとの合流を目指していたはずなのにそれは叶わなかった。ならば、彼らは今までどこに?

「君たちは、今までクレイジーに匿われていたのかい?」
「ううん。僕たち、亜空爆弾に巻き込まれて先に亜空に来てたんだ。そのまま僕らはフィギュアになっちゃったけど、まぁ結果オーライかな?」
「なるほど」

道理でネスたちはリンクらと合流できなかった訳だ。すとんと腑に落ちて、ようやくマルスは思考が冴え冴えとしていくように感じた。何も分からないままではいられない。理解を拒んでなどいられない。
そこでマルスは初めて自分の現状に気が付く。既に手も足も傷は癒え、動かすことができる。しかし、相変わらずこの手は空を掴んでいた。――剣がない。

「ああ、その…情けないんだが、僕の剣を知らないかな?腕が折れて掴んでいられなくて…どこかに行ってしまったみたいだ」
「あらら」

軽い調子でネスが言うのとは対照的に、ルイージは悲愴な声でマルスの腕を掴んだ。

「し、しょうがないよ、あんな状態だったんだもの!ああ、でも…君は剣士だものね。剣がないと戦えないかぁ…」
「恥ずかしながら、その通りで」
「そんなの、僕に任せて」

項垂れる大人二人を後目に、ネスが集中するように目を閉じる。ネスの周りにPSIの光が顕現し、それは神々しさすら伴ってマルスらを照らした。
徐々に光が薄れていき、それが完全に消失するとネスは目を開いた。同時に迷いなく腕を伸ばして「あっち」と告げる。マルスとルイージがその方向に目を凝らすと、ネスは呆れたように声を荒げた。

「そんなすぐ見える場所にある訳ないじゃん!あっちの方にマルスの剣があるって言ったの。探しにいくよ!」
「ええ?ネス、君どうしてそんなことが分かるんだい?」
「どうして、だって?」

ネスの眉が危険な角度に持ち上がる。ルイージはそれを見てたじたじと数歩下がったが、マルスはああ、と声を上げた。

「Clairvoyance.…千里眼、というやつだね」
「そのとーり」

ネスは自慢げに胸を張る。小さな子供と侮るなかれ。彼はれっきとした超能力者で、その潜在能力は計り知れない。マルスが「心強いよ」と告げると、しかしネスはそれまでの尊大な態度を引っ込めて帽子をかぶり直し、足早に二人を先導するように歩き出した。照れているらしかった。

マルスらの足元には道らしい道などない。暗闇にぼんやりと浮かび上がるそれは、夜空に漂う星雲のよう。歩みを妨げるような凹凸や壁はなく、どこまでも広がる黒が続く。しかし、完全な暗闇ではなく、お互いの顔も足元も視認するには苦労しない。道の両側には暗闇を照らすいくつもの球体の光源が無秩序に点在し、亜空を照らしていた。
暗闇に目を凝らしたネスが光源を指さしながら言う。

「なんか、地球儀みたい」

光の正体は球体の中に浮かぶ風景から漏れ零れる僅かな日差しの残滓である。見える風景は見覚えのあるものばかり。それもそのはず、球体の中に閉じ込められていたのは、これまで亜空爆弾によって亜空に切り取られてきた世界そのものだった。
タブーは世界から切り取った空間を、こうして亜空に散りばめて独自の世界を構築したと思っていたのだろう。そこから窺えるタブーの幼稚さと短絡的な思考にマルスはぞっとせざるを得ない。気に入れば奪い、気に入らなければ破壊する。気まぐれに造って気まぐれに壊す神二人組の方が、まだ秩序と調和を重んじていたのだろう。
それでも、混沌の世界にははじめに見た肉塊以外に敵のようなものの姿はなく、それ以外動くものの姿もない。ただゆらゆらと浮かぶ世界から木漏れ日が、彼らの足元を不規則に照らしていく。
どれくらい歩いたのか、進行方向に暗闇以外の色を見つけて三人は立ち止まる。ぼんやりと浮かび上がるその色は緑。その色に仲間の姿を連想するまで、そう時間はかからなかった。

「リンク君!」

真っ先に声を上げてマルスが駆け寄る。リンクもまたマルスを見て、安堵したように顔を綻ばせた。

「マルスじゃないか。怪我はどうした?」
「大丈夫、ネス君が治してくれたよ、この通り」

マルスは両腕を広げてはにかんだ。服は血だらけで鎧はひび割れていたが、何も心配することはない。リンクは驚いたようにネスを見、それからマルスの利き腕を掴んだ。まだマルスの言葉を疑っているらしかった。その様子に思わずマルスは噴き出す。

「あはは、嘘なんか吐いちゃいないよ」
「…どうやらそのようだな。あんなに酷く折れていたのに、それをネスが治した?」
「うん、本当にネス君がいなかったらどうなっていたか…」
「ネスはどんな怪我でも治せるのか?」

言いかけたマルスの言葉を遮って、リンクが問う。問われたネスは面食らったように瞬いて、えーと、と言葉を濁らせた。

「時間は掛かるけど、怪我なら治せるよ。さすがに無い腕を生やしたり歯を生やしたりはできないけれど」
「…そうか、それでマルスは無事なんだな。ネス、お前がいてくれて良かった」

リンクがようやく笑みを零した。彼は労うようにネスの頭に手を伸ばした。


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