世界よ、愛しています

*59

世界を亜空に切り取る亜空爆弾。それを亜空内部で起爆したらどうなるか。そんなことはタブーも知らない。もしかしたら何も起きない可能性だって十分にあったわけだが、運は王子に味方した。亜空は揺らぎ、悲鳴を上げる。限りなくゼロに近付いていきながら、一方では無限大に発散していく。亜空は収束の兆しを見せずに振動し続けた。
そうして訪れたのは、完全なる静寂だった。

落ちていく。
何も見えない。
何も聞こえない。

痛い。苦しい。楽になりたい。でも、終わり方が分からない。終わってしまいたい、何もかもを忘れて、何も考えなくても済むように――
遠くで、名前を呼ばれた気がした。仲間たちが手招いていると思った。もう十分だから、これ以上頑張らなくていい、そう言われている。そうか、頑張らなくていいのか、と今更のように思った。懐かしい顔が微笑みかけていた。ああ、僕は君たちに会うために今までずっと頑張ってきたんだ、こうして会えたなら、もう頑張る必要もないね、と――

「――王子!」

甲高い声が呼び止めた。軋む首で振り返ると、赤い野球帽の少年がこちらの腕を握っていた。痛いよ、離してくれないか、と力を込めると脳まで電流のような激痛が走る。痛い。熱い。そうだ、腕が折れていた。
何故折れたんだっけ?――戦っていたんだ。敵と。
何故戦っていたんだっけ?――一人になってしまったんだ。僕だけが残った。
一人?なら、それまでは一人じゃなかった?――もちろん一人ではなかったとも。みんなで亜空に足を踏み入れ、そして――

「う、ううう!ああああ」

頭が割れるように痛い。全身の痛覚が悲鳴を上げて、脳の処理が追い付かない。誰か、誰か助けて欲しい、そうだ、懐かしい彼らがいるじゃないか、と仲間の方を見やったが、そこにいたのはかつての友人とは似ても似つかないハリボテのようなグズグズの肉塊だった。
絞り出すように悲鳴を上げる。駄目だ、駄目だ、理解できない。考えられない。自分が何をすべきか分からない。分からない分からない分からない――
耳元で、名前を呼ばれた。その聞き慣れた声に、痛みと恐怖を一瞬忘れる。
叫んでいたのは、先ほどこちらの腕を掴んだ彼だった。驚きと困惑の混じった表情でこちらを見る子供は、よく見知った少年である。

「ネス、く…」
「全くムチャし過ぎだよ!どうして僕たちが来るまで待てなかったのかなぁ!」

が、はっと我に返った様子のネスは、マルスの囁きを遮ってしかと彼の腕を握り返し、うめき声を上げる肉塊たちからマルスを庇うように仁王立ちした。瞬間、少年の足元から大気が膨れ上がった。敵意を向けるすべての敵に、接近を拒む意思が叩き付けられる。光り輝く意思の力――PKフラッシュが、容赦なく肉塊を焼き尽くす。続けてちかちかと明滅する視界の端から、緑の何かが飛び出して残った肉塊を拳で粉砕した。ルイージだった。
ほどなく、脅威は消失した。敵の姿のないことを確認して、ようやくネスが息を吐いた。ルイージも安堵の溜息を吐き、二人はマルスを振り返ってぎょっとしたように悲鳴を上げた。彼はマルスの大怪我に気が付いていなかったらしい。

「マ、マルス、大丈夫!?今手当を…」

子供は、マルスの臥した地面に広がる血溜まりを見、おかしな方向に曲がる手足を見て顔を青くした。かすかに開いた口から覗く歯は何本かが折れ、血と唾液がそのまま垂れ流されている。が、マルスはネスを見やると、やっと表情を和らげて笑った。

「…よく無事、で…ッ」
「喋るな!アンタが無事じゃないだろ!!」

慌ててネスは集中のために目を閉じ、マルスの胸に手をかざした。溢れるPSIが光となってマルスを包む。子供の指先から心地良い不思議な力が流れ込んで、耳に突き刺さる甲高い声も、懐かしいやら愛おしいやら、それらがそのままマルスに落ち着きを与え、彼の傷付いた体を癒す。ネスはマルスの体のあちこちを触りながら怪我の具合を確認し、ヒーリングをかけていった。そんなネスの手元を見ながら、マルスはぽつぽつとタブーとの戦いの経緯を語った。その凄惨さにネスとルイージは顔を見合わせ、ルイージが気の毒そうに「頑張ったんだね」と述べる一方、ネスは眉根を寄せて怒っているようだった。

「もうちょっと怪我しない努力をしなよ。骨はバキバキ、内臓はグチャグチャ…会う度に大怪我してるじゃん」
「あぁ…その、すまない…」
「なんで謝るの。怪我してるのはあんたでしょ。…ああもう、歯は治せないからね!僕の力じゃ」
「あはは、しばらくご飯が食べ辛そう」

まだ全身に鈍痛は残るが、憎まれ口を叩く割にマルスの身体に新しい傷を見つける度に真実心を痛めた様子で唇を噛むネスの前でこれ以上の無様を晒せない。マルスは折れていた腕を持ち上げて、欠けた歯を指さしながら笑ってみせた。笑いごとじゃないよ!とネスは声を張り上げたが、マルスの虚勢を理解している様子のルイージは敢えてマルスの前に手を差し出した。

「君は、ここで立ち止まっている場合じゃないんだろう?立てるかい」

本当は休ませてあげたいのだけれど、と囁くルイージの手の平をマルスはまじまじと見つめる。ルイージとは決して良好な関係になかった。寧ろ怯えられてすらいたのに、とその疑問が顔に出たのだろう。ルイージが苦笑して反対の手で鼻の頭を掻いた。

「君のこと、デデデとネスから聞いたよ。…君はずっと戦っていたんだね」
「…ルイージ」
「今もこんなにボロボロになって。でも、生きていてくれて本当に良かった。僕たち、まだ君に力を貸せるんだもの。…ああ、でも兄さんみたいな派手な活躍は期待しないでね」

依然としてマルスが目を白黒させていると、ネスが口を挟んだ。

「クレイジーは、“こうなる”って予想してたみたい」
「こうって」
「タブーの火力に押し切られて全滅すること」

ネスは現状を責めた訳ではないが、それでもマルスは目を伏せる。無謀にも相手との力量差を測り間違え、仲間を全滅させた。彼らがフィギュアでなかったら、死んでいたのだ。
ネスは慌てて「そういう意味じゃなくて」と続けた。

「なんだろう、最悪の事態っていうのかな。そういうのをクレイジーは恐れてた。つまり、マルスを守る人が誰もいなくなって、タブーがマルスからマスターの力を奪っちゃうことだけど」
「なりかけてたよね」
「まぁ、うん…」

ルイージの指摘にネスは口ごもる。それはクレイジーの計画の杜撰さを擁護できなかったから――ではない、ことをマルスは目敏く少年の仕草から見抜いていた。
――つまり、クレイジーの切り札はまだ残っていた?
僕があの場で亜空爆弾を起爆させるまでもなく?
とすれば、クレイジーはマルスの予定外の行動を快く思わなかったかもしれない。アンタが余計なコトさえしなけりゃ、も少し順調に進んでたワヨ!とマルスの記憶の中に残るアルトの声が独特のイントネーションで言うのが容易に想像できた。


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