世界よ、愛しています

*追憶4

「…あーあ…」

床に頬を押し付けたままに、ロイは溜め息を吐いた。体中が傷だらけで、手足は変な方向に曲がっているし、呼吸の度に口から血が漏れる。近くに転がるリンクも大同小異の状態で、しかし倒れたロイを認めると咳き込みながら笑った。

「逃げそびれましたね」
「まぁ…でも、マルスだけでも逃がせたんだ。良しとしようぜ」
「貴方も逃がしてあげたかったんですが…」
「それは言いっこ無しだろ」

リンクが苦笑した。ロイもまた笑う。つまり、お互いがお互いを逃がすつもりで尽力し、どちらも自分が助かることは計算にいれていなかったのだ。
だが、それは今言っても詮無いことだ。ロイはあくまで常の調子を取り繕って言った。

「…マルス、怒るだろうなぁ」
「ええ」
「ぶん殴られるかも」
「甘んじて受けましょう」
「…いつもなら、逆だからなぁ…」

ロイの言葉に、リンクは黙り込む。自己犠牲は美徳ではない、とリンクを叱責したマルスではあったが、しかし当の彼が最も己を顧みないことは二人もよく知っている。無論、彼らは背中を預け合う仲間だが、剣技に秀でたマルスに未熟な二人が守られていた節は少なからずあった。
そんな彼だからこそ、きっとこの判断を許さないだろう。――否、マルスが許さないのはリンクたちではなく、逃げることしかできなかった自分自身のはずだ。

「…あの人にとって、最も酷なことをしました」

リンクが囁く。
嘆くだろう。悔やむだろう。何より、悲しむだろう。
もしかしたら、彼の心は自責の念に耐え切れぬほどに傷付いたかもしれない。
だが、あれ以外にどんな手段があったというのか。マルスが仲間を助けたいと思っていたのと同じように、ロイも、リンクも、仲間を助けることを望んでいたのだから。

方舟が、世界に溶けるように崩れていく。
タブーは創造神を連れ去り、姿を消した。もはや虫の息な英雄たちは見逃された訳でなく、主を失った方舟ごと次元の狭間に消え去る運命にあった。
失血の為に意識が朦朧としてきたロイは、ぼんやりと助かる算段を立てたが、どれも現実味のない方法で考えるのをやめた。或いは、守るべき国があれば、仲間がいれば、もっと頭を働かせたかもしれないが、オリジナルのコピーであるロイにはそもそも守るべき国などないし、この方舟にも既に守るべきものは残っていなかった。
死ぬのが先か、方舟と共に消えるのが先か、そんなことが脳裏をよぎった。

「…俺…もう少し、……」

視界の端で倒れた仲間たちが方舟とともに消失していくのを眺めていると、リンクが掠れた声で言った。その声はだんだん尻すぼみになって、最後の方は聞き取れなかったが、ロイは頷いた。

「…うん」

こんなところで終わるはずがない、というのが本音だった。死にたくなかった。またいつものように馬鹿をやって、笑い合う日々に戻りたい。
方舟の崩壊は周囲から広がり、ちょうどロイとリンクが倒れる辺りに向かって進行していた。視線を巡らせリンクを見やると、既に彼の左半身は消えかけていた。ロイ自身も、分解されるように亜空に溶けて消えていく。痛みはない。ただ、死ではなく、存在そのものが掻き消えようとしていることは理解できた。
無念だ。悔しい。こんなところで終わってしまう己の無力が腹立たしい。唯一の救いは、そんな自分にも一人の仲間を救うだけの甲斐性があったことか。――そうとでも考えなければ、あまりにやりきれなかった。
ロイは歯を食いしばり、力の入らない拳を握りしめた。しかし、そんな拳さえも跡形もなく、溶けて暗闇に消えていった。


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