世界よ、愛しています

*12

今にも泣きそうな顔で駆け寄ってきた王子を認め、アイクは確信していた。“これ”が王子の本質なのだと。
仲間の厚意を無下に踏みにじったり、或いは突然攻撃的になったりするだけが王子の本質ではないとアイクは信じて疑わなかった。しかし、さすがのアイクも王子がガノンドロフを人形化に追い込んだと聞いた時には自信を無くし、故に自分なりの方法で王子を試すに至ったのだ。

彼は本当に自分を殺すだろうか、と。

結果、王子はアイクを殺さなかった。儚く消え入りそうな雰囲気の王子に垣間見えた猛々しさに、アイクはその本質を見た。
肩口から血を流しながらも、良かった、と安堵の溜め息を吐くアイクに、王子は怪訝そうな顔で眉を吊り上げた。

「…君、どうして――」
「ど、どうしたんだい!?すごい音が…ってアイク、大丈夫?!」

しかし、王子が何か言おうと口を開きかけると、がさがさと木々をかき分けてルイージが顔を出した。なかなか帰ってこない王子を探しに出掛けていったアイクまでもが帰ってこないので、探しに来たのだろう。続けてカービィやサムス、ヨッシーがその後ろから覗き、血を流すアイクとそのそばで血の付いた剣を握る王子を見付けて悲鳴を上げた。
彼らは王子がアイクにとどめを刺そうとしていると思ったのだ。

「あなた…リンクやマリオ、ガノンドロフだけじゃ飽きたらず、まだ誰かを傷付けようって言うの?!」

サムスが険しい表情で叫び、腰に提げたホルスターからレーザー銃を抜き放った。銃を突き付けられて呆然とする王子だったが、はっと我に返ったように数度瞬くと、のろのろと数歩後退った。そして、ルイージが遠慮がちに声を上げようとした刹那、踵を返してその場から逃げ出した。慌ててアイクがそのあとを追おうと立ち上がるが、ルイージがその前に立ちふさがって彼を止めるのが視界の端に映った。

「アイク!このままじゃ君も殺されちゃうよ!」

走り去ろうとする王子に、ルイージのそんな声だけが追い縋ってきた。

***

走って、走って、とにかく今いる場所から離れたくて、王子は足を止めずに駆け続けた。追ってくる者はいない。そのこと自体に安堵しつつも、王子の気持ちは晴れなかった。
サムスやルイージの言う通りだ。自分は彼らにとって情緒不安定な危険分子でしかなく、共にいればそれだけ危険度も増していく。そう分かった上でなお寄り添おうとしてくれていた仲間たちを、王子は悉く裏切ったのだ。

走り続けて、しまいには足がもつれて派手に転び、王子は起き上がれずにそのまま地面にうずくまった。
消えて無くなってしまいたい気分だった。合わせる顔がない、なんて表現では追い付かない。勿論今の仲間にも申し訳が立たないが、自分を生かしてくれた先の仲間たちもこれでは報われまい。

「…みんな、すまない…」

うずくまったまま、土に向かって囁く。すると思いがけず返事があった。

「あの…大丈夫ですか」

聞き慣れぬ声にのろのろと顔を上げると、宇宙服を纏った背の低い男が王子に向かって手を差し伸べていた。その影から頭に花の咲いた小さい不思議な生物が覗いている。新しくこの世界に招かれたオリマーというこの男を、王子は初めてまじまじと見た。
オリマーは王子の視線にたじろぎながらも伸ばした手を引っこめなかった。

「皆さん、貴方の帰りが遅いので心配していたんですよ。色々あったのでしょうが、もうだいぶ冷えてきましたし、屋敷に帰りましょう?」
「…嫌だ」

王子はオリマーの手を取らずに立ち上がった。そのままオリマーに背を向けようとするも、その足元に先の不思議な生物が絡み付く。オリマーが困ったように声を上げた。

「あぁ、すみません…こら、ピクミンたち、やめなさい」

色とりどりのピクミンは、王子のマントにぶら下がったり、頭の葉っぱでブーツをぺちぺちと叩いたりしている。普段見かけない王子が珍しいのだ。しかしオリマーにとっては意外なことに、王子もまた困ったように眉をハの字に下げた。
この不思議な生物が非常に脆弱であることを王子は知っていた。例えば王子が軽くマントを払ってピクミンを振り切っただけで、彼らは容易く天に召されてしまう。しかし、王子は決してそうはしなかった。
動かぬ王子を見上げ、オリマーは彼が何故動かぬかを悟った。それまで及び腰だったオリマーが、ようやく警戒を解いて王子に微笑んだ。

「ありがとうございます。この子たちを気遣ってくれて」
「え?」
「やっぱり、貴方はアイクさんの言うように優しい方なんですね」

***

「見付かったか?」
「いや」

スネークの問い掛けに、沈んだ調子で答えるのはアイクである。王子とはぐれて後、再び彼を探すことになった屋敷の面々は、すっかり王子を見失っていた。途中でスネーク、マリオらとも合流し、現在にいたる。浮かばぬ顔のアイクに、ルイージが申し訳無さそうに言った。

「その…本当にごめんね。早とちりして、君の邪魔をしてしまって」
「構わない。紛らわしいことをしていたのは事実だ」

アイクが小さく首を横に振る。ルイージ、ヨッシーはしゅんと小さくなったが、サムスは不満げに息を吐いた。

「私たちがここまでしてやってるんだから、いい加減マルスには応えて欲しいわ」
「まぁ、そう焦るなよ。時間が必要なんだろう」

マリオに諌められ、とりあえず大人しくなるサムス。なんだかなぁ、と呟きながら、スネークがポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
全員が、手詰まり感を覚えずにはいられなかった。口を開けば溜め息ばかりが漏れる。
そんな折に、上空から「もシ」と呼ばわる声がした。機械的な冷めた声に聞き覚えはなく、一瞬彼らは武器を手に身構えたが、声の主は木立の裂け目から彼らの前に無防備に姿を現し、深々とお辞儀をしてみせた。

「お取り込み中の所失礼いたしマス。少々お時間を頂いても宜しいでしょうカ?」


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