世界よ、愛しています

*55

ファルコンフライヤーが荒野に降り立ったとき、日は既に沈んで空には星が瞬いていた。世界は平穏そのもので、はるか離れた東の海洋に浮かぶ亜空の穴は未だに沈黙を保っているように見える。
荒野には、戦艦ハルバードとその影に隠れるような形で火を起こす一団があり、彼らこそがマルスらが合流を目指した仲間たちである。
皆が仲間の無事を喜び、お互いが不在の間の出来事を聞きたがった。敵から寝返ったロボットの存在は特別警戒されることもなく、これからよろしくな、と一同のノリは非常に軽い。

「酷い有様だな」

ファルコンフライヤーから降りたマルスたちを迎えた仲間たちの中で、真っ先にマルスの元に駆け寄ってきたリンクが、彼の姿を見るなり真っ先に言った。マントは引き裂かれ、ガノンドロフとの死闘の名残が高貴な出で立ちのマルスをみすぼらしい襤褸雑巾のように変えていた。そんなことに気付く余裕もなかったマルスが呆けた様子で「ああ…」と自分の姿を見下ろしたが、次いで彼は弾かれたように自分を囲む仲間たちを見返した。
リンク。マリオ、ピット、ヨッシー、それからリュカとワリオ、ポケモントレーナー。デデデの行方を追わせた。――全員いる。ケガをしている様子もない。
メタナイト。フォックスとファルコ、スネークとウォッチ。ゼルダ姫とピーチ姫。ハルバードで別れた。――こちらも一人も欠けていない。別れたときの恰好と変わらない。問題なさそうだ。
カービィ。ルカリオ。アイスクライマーのポポとナナ。彼らとの合流の過程をマルスは知らない。だが、全員負傷もなく興味深そうにこちらを見ていた。
ただ、合流するはずだったデデデやネスたちはいない。マルスが問うと、リンクは申し訳なさそうに耳を垂れさせた。

「クッパたちに先回りされて…襲撃を受けた後だった。ピーチ姫だけ見つかったけど、クッパにさらわれてしまった。すまん」
「謝ることないさ。君のせいじゃないもの」

てっきりマルスに責められるとでも思っていたらしいリンクは拍子抜けしたのか目を丸くしてマルスを見返した。勿論、ネスの行方は気になるけれど、と呟いてマルスは苦笑した。

「とりあえず誰も怪我してないみたいで良かった。勿論、君も」
「お前が一番酷い状態だろ。怪我は?」
「ないよ。服ばっかり汚れちゃった」

ほら、と自分のマントを引っ張って見せるマルスだったが、リンクはそのマルスの腕を掴んでじっと見つめた。これまでの連戦で負った細かい擦り傷と火傷のあとがうっすらと窺える。獲物を狙う狼のような射る視線に、マルスは肩を竦めた。

「…君は、違うんだね」
「あ?何が違うって?」
「リンク君は、大人だってことさ」

そっとリンクの拘束を外し、マルスは笑う。憮然としたリンクを後目に、マルスはさて、と勝手に話を切り替えた。合流を待ち望んだ仲間たちが、状況説明とこれからの行動の指針を示されるのを待っている。まず、これまでの数々の非礼と暴言、暴力を謝らせて欲しい、と前置いて、マルスは話し始めた。

綿密に――とは言い難い作戦会議は、ほどなくして終わった。戦艦との闘いとなるとその指揮をマルスが執るのは困難である。――否、そもそもこの個性の強い集団において指揮がそもそも役に立つのかも不明だ。よって下されたのは「各々が最善だと思う方法で敵の撃破を狙う」という作戦である。作戦なのか、とは言うなかれ。臨機応変さと状況打破力こそがかれらの持ち味なのだ。凝り固まった作戦で行動の幅を狭めてはならないとの配慮である。
依然として世界は静寂で、タブーによる攻撃は翌朝から始まるものと彼らは見当を付け、それならば来る作戦決行までの間、疲れを癒すのが最善と判断、夜更けには見張りを残し皆が眠りについていた。
マルスはといえば、横にはなっていたものの、寝付けないままじっと眠る仲間の背中を見つめていた。今回ばかりはマルスも一切のしがらみを忘れて自分の知る限りの情報を彼らに話した。前の世界のこと、前の仲間たちのこと、仲間たちの最期のこと、タブーのこと。タブーが亜空から出てこない以上、こちらから乗り込んでいって戦う他ないが、亜空で戦えば前回の二の舞になることをマルスは知っている。理想はタブーを亜空から引きずり出し、こちらの世界で決着を付けることだ。亜空砲戦艦に乗り込み、世界と亜空の境界ぎりぎりにタブーが来ている今、これはまたとない好機といえる。
何度も考えた。夢にまで見た。タブーを倒す勝ち筋を、マルスは必死に探し求めた。それでも不安感は拭い去れない。仲間がなぎ倒されていくあの光景が目の裏に焼き付いて離れない。散々考えた勝ち筋さえ、その光景の前に霞んでいきそうだった。
大丈夫、とマルスは自分の手を握り締める。今度は相手の手の内を知っている。奇襲される訳でもない。きっとうまくいく――

「寝れないのか」

それまで見つめていたはずの背中がない。代わりにアイクがこちらを向いていた。起こしちゃったかい、と愛想笑いを浮かべるとアイクは「いや」と答える。昂って眠れないのだ、と彼は言ったが、それから少し考え込むように息を吐いて首を横に振った。

「…そうじゃないな。気になって眠れなかった。お前のことが」
「アイクには心配かけてばかりだからね」
「そうだな。俺はお前と知り合ってから、お前がまともに寝ているところを見たことがない」

だから、今日も寝ているはずがないと思った、と少しも包み隠さずにアイクは告げる。これにはマルスも愛想笑いを引っ込めるしかない。彼の前では取り繕うことさえ馬鹿馬鹿しくなるほどに、アイクは無遠慮にマルスの深淵に踏み込んだ。

「気にするな、というのも土台無理な話だろう。落ち着いていられないのも分かる。だから、今日は仕方ないと思う。せめてお前と共に朝を待とう」
「…君は休まないと」
「俺が眠らないのも今日までだ」

得意なはずの口車にも、アイクは全く乗らなかった。口下手なはずの彼が何故こうも口で自分を圧倒できるのか、それなのになぜ不快に感じないのか、マルスには不思議だった。
アイクは星明りに目を凝らすように目を細めてマルスを見た。

「とりあえず、帰ったら風呂に入れ。美人が台無しだ」
「君、そればっかり!」

僕の顔がそんなに好きなの、とマルスが頬を膨らませると、珍しくアイクが声に出して笑った。


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