世界よ、愛しています

*53

飛び降りた先で待っていたのは、ファルコンフライヤー。ファルコンが有する宇宙船であるが、そのことについて今言及できる余裕のある者はいない。すぐさまファルコンが操縦室へと繋がるハッチを開けて、「勝手に乗り込め!」と叫ぶと自分が一番に乗り込んで機体の中に消えた。とほぼ同時、ファルコンフライヤーは動き出し、脱出用の非常通路を駆け出した。
しかし、ファルコンフライヤーの内部は決して平穏とはいえない空気に包まれていた。ようやく拘束を解かれたロボットが、責め立てるように彼らを睨みつけていたのである。誰もが何も言い出せない中、最後にやってきたアイクが無言でロボットの前に進み出て何かを差し出した。切断された量産型ロボットの腕だった。

「これを…私に渡してどうしようと言うのデスカ…」

ロボットは受け取らず、震える声でアイクを見上げる。アイクは感情の読めない表情で返す。

「この腕の持ち主に頼まれたからアンタに渡す。共に連れていって欲しい、と」
「なら、何故!私の頼みは聞いてくれなかったのデスカ!」

ロボットは絶叫し、アイクに掴みかかった。アームの関節部分は不穏な音を立てて軋み、バチバチと電流の爆ぜる音が漏れる。連戦で傷付き、ダメージの蓄積している証拠だ。アイクは少し考えるように沈黙し、それから首を傾げた。

「先にマルスと約束した。アンタを助けると」
「マルスさんガ?」

即座にロボットは首を反転させ、マルスの姿を探した。探すまでもなく彼は近くで成り行きを見守っており、ロボットはアイクから手を放すとふらふらとマルスの元に歩み寄った。

「マルスさん、教えてくだサイよ。どうして私を助けるなんて考え付いたのデスカ。貴方なら分かってくれるデショウ、仲間を無くして生きる意味の無さヲ?」
「それは」
「お優しい貴方のことデス、私の境遇を儚んでくださったのデショウ?同情して、救いの手を差し伸べてくれタ…生きろと私に言うのデショウ!無責任にも!生まれ故郷も仲間も何一つ残らないこの世界デ!否、そんなものはもう私にとって世界ではナイ!ここにある全てが私の世界だッタ!ここから出たら私は生きていけるハズなどないのデス!」

迸る絶叫に誰も反論を差し挟めないまま、沈黙だけが流れる。ドンキーやピカチュウは気まずそうに視線を逸らす中、まっすぐとロボットの視線を受け続けるマルスが、ゆっくりと口を開いた。

「…ええと、僕が同情やら憐憫やらで君を助けただなんて、僕を買い被ってくれるのは嬉しいけれど」

思いもよらない反論の言葉に、ロボットどころかサムスたちですら息を呑む中、マルスは慈しむようにロボットを見つめる。

「そう、君の言う通り、僕なら分かるよ、仲間を喪ってなお生き長らえる意味の無さを。きっと僕は、本来なら君に仲間たちの遺志を無駄にするなと、彼らが何の為に命を擲ったのか考えろと言うべきなのだろう…。だが、僕にそんなことは言えない。僕は君に共感するからだ。僕たちの世界は、仲間そのものだった。それがなくては生きていく意味も理由も見いだせない」
「それなら、何故」

マルスの不可解な言葉は続く。

「僕たちの世界は、仲間そのものだった。ではその中心にいたのは誰か?…僕だ」
「は――」
「僕たちの世界は消えようとしている。そこで生きた彼らの記憶と共に。ねえ、僕たちが消えたら、“世界”があったことさえなかったことになってしまう。僕はそれを恐れている。僕が記憶していなければ、誰が彼らを世界に繋ぎ止められるのだろう?」

仲間を、友人を喪った痛みは、身を斬られるより辛く苦しいことだった。それでも生き長らえていたのは、いまだ仲間の残滓に縋り付いているからだ。彼らは確かにここにいたのだと、そう信じていたいからだ。

「僕は君に共感する。それ故に、君に死なれたら困るんだ。僕と同じ境遇に陥った君が、全てを諦めて手放してしまったら、君の末路に僕は自分の姿を重ねるだろう。そんな恐ろしいことはない。僕もそうなるのではないかと考えるのが、耐えられなかったんだ」

淡々とした口上に、ロボットは何も反応できなかった。頭部からバチバチと爆ぜる音がするようなので、思考回路に異常を来しているのかもしれない。それほどにマルスの発言は理解の範疇を超えていた。

誰もが呼吸すら押し殺して沈黙を保つ中、突如金属の軋むような咆哮が劈いた。音は遠い。しかし、アイクとピカチュウ、そしてサムスは即座にハッチを開けて機体の上に躍り出た。

「リドリーの声」

サムスが緊張した声で呟く。既に彼らの乗る宇宙船の速度は徐行のそれを超えて可能な限り速やかに出口を目指しているが、それでも追跡者の声はそれを上回る速度で近づいてきているようだった。ピカチュウとアイクは左右に分かれてお互いの死角を埋め、その後ろでサムスが油断なくチャージショットのためのチャージを始める。仲間の様子を見に来たマルスがハッチから顔を出し、声を上げた。

「逃げ切れるだろう、早く中に」
「いえ、油断できな」

サムスの言葉を遮るように、轟音が響き渡る。天井が崩落し、瓦礫と共に巨大な翼竜がファルコンフライヤーを強襲した。その衝撃にピカチュウは機体の端まで転がったものの、即座に体勢を立て直すと機体に張り付いて宇宙船に爪を立てようとする翼竜の頭部めがけてロケット頭突きを見舞う。石頭同士のぶつかり合う聞くに堪えない音が彼らの鼓膜を揺らした。

「蹴散らすぞ」

短くそう告げ、振り返りざまに放たれたアイクの居合切りが正面からリドリーに直撃する。仰け反ってバランスを崩したリドリーがファルコンフライヤーの後方に爪を立てようとするも、滑るように走りこんできたマルスがその爪先を払った。リドリーは堪らずその場を離れたが、付かず離れずの距離で追跡してくる。諦めてはいないらしい。
アイクが仲間の位置を確認するように周囲を一瞥する。ピカチュウは放電の準備を整え油断なく構える。サムスはチャージショットを溜めている。対してリドリーは僅かながら怯んだ様子だが、致命傷には至っていない。そしてマルスがいた。先頭に立ち、リドリーの敵意を一身に集め、翻る鮮やかな赤と青のマントはこうして戦場で存在を主張するためのものなのだろう。そうぼんやり考え、自分のなすべきことを直感したアイクは剣をより強く握り締めた。

「尻尾に気を付けて」
「ああ」

サムスが言うのに頷いて、アイクは走り出す。それを援護するようにピカチュウの電撃が迸る。と同時にマルスが摺り足で一歩踏み出し、その動きに機敏に反応したリドリーがマルスに向って急降下した。鋭い爪がマルスのマントを引き裂く。その隙に居合斬りで肉薄したアイクがリドリーの首を狙うが、それを見越したようにアイクの横腹に長い尾が叩き込まれる。ピカチュウが悲鳴を上げた。

「無茶苦茶だァ!」

だがそれは、アイクの身を案じてのものではない。アイクはリドリーの尾を手甲で防ぎ、そのまま巨大な翼竜の尾を掴んで背負い投げた。ピカチュウはその無茶な作戦を指してそう叫んだのだ。ピカチュウとマルスが頭を抱えて地面に滑り込む上を、リドリーの巨体が投げ飛ばされていく。その先にいるのは、チャージショットの構えのサムスである。

「一昨日来て頂戴」

エネルギー砲が火を噴き、リドリーの身体を焼き尽くした。焦げた翼を力なく羽ばたかせ、リドリーは墜落していく。
黒煙を立ち上らせながら落下していったリドリーが、再び追跡に浮上してくることはなかった。


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