世界よ、愛しています

*51

整然と並ぶ量産型ロボットの軍勢を前に、エインシャント卿、こと最も旧いロボットは今にも大音量のアラート音を鳴らして喚き散らしたい衝動に耐える。彼らはロボットの仲間であり、部下であり、子供である。彼らはロボットと同じ鋳型から作られた。多少のモデルチェンジはあれど、本質はロボットと同じ存在。
そんな彼らは今、亜空爆弾の貯蔵庫にいた。この島の技術を結集して大量生産された亜空爆弾の数は、これまで使用してきた数の比ではない。ロボットの前に仁王立ちする容貌魁偉の大魔王ガノンドロフは、ふんと鼻を鳴らしてロボットを見下ろした。

「…で、捕えた王子をまんまと取り逃がしたと?」
「……もう少し、おとなしいお人だと思っていまシタ。ウサギを捕えたつもりでいたラ、…なんと罠にかかったのは手負いの猛獣」
「ふふ、手酷く噛み付かれたと?」

魔王はロボットのローブを横切る鋭利な痕を注視する。振り向きざまに斬りかかられたのか、体の横から正面にかけて続く痕からはロボットがろくな反応もできなかったであろうことが推察される。が、追撃の痕はない。あの王子が逃走に重きを置いていたのか――否、あれにとどめを刺し損ねるような可愛げもないだろう。
ならば、と最初から分かっていた結論に至り、魔王はくつくつと嗤笑する。不審そうにロボットが魔王を見上げた。

「何か言いたいことがおありでスか」
「なに、あまりに貴様らの茶番が滑稽でな」
「茶番――」

反論しようとしたロボットを威嚇するように、魔王は左手を突き出す。そこに握られるのはなにやら小さなスイッチであるが、それを見た瞬間にロボットは凍り付いた。魔王の手に収まるものこそロボットが求めてやまないもの、すなわち仲間たちの起爆装置である。

「な、なんの真似でス、ガノンドロフ」

極力相手を逆撫でしないよう慎重に言葉を選びながら、しかし隠し切れない焦りにロボットの声は震える。それはこちらの台詞だ、と魔王は笑みを深めた。

「王子を捕え、それを主に報告もせず、挙句おめおめと逃がしただと…ただの失態では説明が付かん。貴様、謀反の企てがあるな」
「そんな言いがかりヲ!」

思わずロボットは大声を出す。図星だから――というのもあるが、そうでなかったにせよ、ここで魔王の機嫌を損ねればいつ起爆装置のスイッチを押されてもおかしくない。ロボットの思考回路は今にも焼き切れそうだったが、なんとかそれをこらえて懇願するように次なる言葉を絞り出す。

「…点数稼ぎに他者を貶めようというのは、あまり感心しませんネ。ここは亜空爆弾製造の要、貴方の独断ではそのスイッチは押せませんヨ」
「この魔王ガノンドロフが何かを為すのに誰かの許しを請うことはない」
「謀反人はどちらデスカ…!」

事実だろうとそうでなかろうと、魔王はロボットを抹殺する気なのだ。それが分かってロボットはありもしない血の気が引いていく気がした。一体今までどれだけの犠牲が出た、耐え難きを耐え、利用され搾取され続けてもこれまで生きてきたのは、いつか解放される日がくると信じていたからこそ。それがこんな形で幕引きとなっては堪らない。
こうなったら力ずくにでも起爆装置を奪うしかない。あの魔王を相手にそんな望みがあるかは疑問だが、そんな可能性の話をしている暇もないのだ。ロボットである自分がやけくそになる日が来ようなど、想像だにしなかったが。
しかし、ロボットが動き出すより早くガノンドロフが身を翻す。己の敵意を悟られたか、とロボットは内心肝を冷やしたが、凄まじい衝撃波と共に貯蔵庫の扉が吹き飛ばされて、ロボットもまた音の方向を見た。
もうもうと立ち込める砂埃の中から姿を現したのは、先ほど別れたアイクである。ちりちりと漂う蒼炎の火花が、金色の大剣に反射する。一度逃がした彼が何故戻ってきたのか、とロボットが疑問に思う間もなく、アイクがまっすぐにガノンドロフに突っ込んでいく。その後ろからピカチュウがとことことついてくるが、そこまで魔王は視認したかどうか。
魔王はアイクの姿を認めるや否や、ぎらりと凶悪な笑みを浮かべて歯を見せた。そうして轟く声で命じる。

「侵入者を捕えよ、殺しても構わん」

量産型のロボットたちは、その号令を聞くと即座に行動を開始した。それまで電源の落ちたように沈黙していた彼らは、途端に目を赤く光らた。これがロボットの仲間たちを縛る制御装置の効力である。量産型ロボットのみならず、亜空軍の尖兵たちもどこからともなく湧き出して中央を突っ切ろうとするアイクの行く手に立ち塞がった。
魔王がアイクらの進撃を見守ることはなかった。どこから侵入してきたのか、魔王の背後にはサムスが迫っていた。見れば天井から排気口の蓋がぶら下がっている。が、アイクは陽動であると察知していたのか、ガノンドロフはサムスの急襲にも即座に反応する。
サムスの鋭い蹴りを片手で受け止め、ガノンドロフはその足を掴むと無造作に投げ飛ばす。張り付くように地面に着地するサムスだったが、二人の間にはしばし無言の間が流れる。そんな膠着状態を崩すように一歩を踏み出したガノンドロフを、第三の刺客が襲った。ロボットだ。
ロボットの目から放たれたビームが魔王の二の腕を掠める。外した、とロボットが歯噛みしたのも一瞬、僅かに生まれた魔王の隙に、音もなく近付く蒼。
サムスと同じく排気口を伝って侵入を果たしていたマルスが、全体重を乗せた剣の柄での殴打を、起爆装置を握るガノンドロフの手首に打ち込む。それは魔王の手甲を砕き、一瞬完全に魔王の握力を奪った。するりと魔王の手から起爆装置が落ちる。それが地面に落下する前に拾い上げ、怒りに吼える魔王の右の拳をかわして、マルスは地面を転がってロボットに走り寄った。

「これを持って逃げろ!」

そう言って起爆装置をロボットに押し付け、マルスは即座に体を反転させる。何度目になるか知れない魔王との対峙が待っているのである。一瞬の油断もままならない。が、ロボットは何が起きているのか理解が追い付かない様子で、呆然とその場に立ち尽くした。
魔王は襲い掛かっては来なかった。その場で肩を揺らし、笑っている。その余裕に薄ら寒いものを覚えつつ、マルスは剣を握る手に力を込める。
ひとしきり笑って、魔王はようやく視線をマルスらに向けた。

「面白い…久々に笑わせてもらったぞ!謀反の企てというから何かと思えば、この儂からそんなちっぽけな起爆装置を奪うことが目的だったと?殺そうと思えば儂を殺せただろう」
「殺した勢いでスイッチを押されても困るからね」
「なるほど」

緩慢な動作で魔王は両腕を広げる。何かくる、と警戒するマルスらをあざ笑うように、ガノンドロフは再び轟く声で言った。

「もうよい…雑魚には構うな。残った亜空爆弾の起爆を命じる」


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