世界よ、愛しています

*49

「この最初のアルファベットは、この建物を頭上から見た時に格子状に分けられた正方形の区画の名称だと思う。そのあとの数字は階数を表していて、今僕たちのいる場所はG-16」

すらすらとそう言ってマルスは目の前に現れたエレベーターを指さす。

「これでもう一つ隣の区画に行って、下に降りたら、目的の場所だね」
「お前…すごいな」

ただその後ろをついてきただけのアイクは、感心したように溜息を吐いた。

「そんな意味があるなんて俺じゃあ想像もつかん」
「こちらではよくある区画の分け方だよ」

そうしてマルスが廊下の突き当りにある鋼鉄の扉を両手で押し開くと、その向こうに薄暗い階段が現れる。非常用階段のようである。
音を立てないように扉をしめつつ、階段に足を踏み入れる二人だったが、しかしマルスは考え込むように首を傾げた。

「確証はないけれど…F区画はこの建物の一番端、角の区画になると思うんだよね」
「それがどうした?」
「階段は、一番端の区画に作らないかなぁ?各区画に一つ階段やエレベーターがあるっていう訳じゃないみたいだし…」
「そういうこともあるだろう?」

そんな細かいことを気にして生きているアイクではない。アイクの言葉に頷きつつ、どこか納得していない様子でマルスは階段を下りていく。幸いにしてここまでの道のりで見張りや敵の軍勢には見つかっていない。そのようにマルスが配慮したからに他ならないが、もしかするとロボットがなんらかの根回しをしてくれたからかもしれないが。
考えても仕方のないことだ、とアイクの目がはっきり告げていたのを思い出し、マルスは苦笑する。考えすぎる自分と、考えない彼。お似合いじゃないか…。
そうして降りた先、階段はそこで終わっていた。さらに下の階へは繋がっていないらしい。やはりそのことにひっかかりを覚えつつ、マルスとアイクはお互いに目配せし、二人揃って階段の扉を開いた。

扉を開いた先、そこは吹き抜けの円形の部屋だった。部屋の壁にはほかの区画と同じように蛍光塗料で「F-17」と書かれ、ここが目指す区画であったことを再確認する。遠い天井から注ぐほのかな照明に照らされて、まるで闘技場のようだ、と自らの知識を総動員して思い至る結論は、しかしすぐさま霧散する。
彼らの頭上を影が覆う。吹き抜けの空中には、巨大な竜が飛んでいた。彼らが知る竜よりは、一層爬虫類に近いそれは、部屋の中央で油断なく構える小さな影を狙っているようだった。その小さな影を見てマルスは思わず声を上げた。

「ピカチュウ!」

小さな影は振り返り、唖然とし、そして全力で破顔した。が、そんな彼を隣に立つサイボーグが窘める。

「来るわよ!」

鋭い声が飛ぶと同時、頭上の竜が翼を畳んで急降下してくる。ピカチュウとサイボーグは左右に飛んで辛くもその攻撃をかわす。ちょうど駆け付けたマルスたちの前にサイボーグが転がるように滑り込み、そこでようやく彼女も二人の存在に気付いたようだった。

「あなたたち――」

分厚いシールドの奥から覗く切れ長の目が驚きに見開かれる。サイボーグに身を包んだ彼女、ことサムスが驚いたのは、この状況この場所に人が現れたことに対してであったかもしれないし、そこに現れた人物そのものに対してでもあったかもしれない。
とにかく、左右に散ったピカチュウとサムスの両名で、より隙も的も大きかったのはサムスたちのいる方だったのだ。降下してきた竜――リドリーは、金属の軋むような奇声を上げて、地面を這うようにサムス、マルスらのいる方向へと突進してくる。
態勢を立て直している暇もない、と来る衝撃に備えるサムスの前にアイクが立ちはだかる。振り上げた金の大剣が蒼炎を纏い、リドリーが襲ってくるのに合わせてその切っ先を床に突き刺すと、衝撃波と共に蒼い炎の壁がせり上がった。
思わぬ邪魔にリドリーの突進はわずかに逸れて壁に激突する。ぐらぐらと揺れる室内をものともせず、高く飛び上がったピカチュウの電気袋から電撃が迸った。青白い火花を散らせるそれは、一条の光となってリドリーを貫く。
薄明るい室内が、数瞬凄まじい光の明滅で青白く染まる。電光によって熱せられた空気が急速に熱せられ、膨張し、衝撃波を生む。すなわち雷だ。
反対側の壁際まで後退して成り行きを見守っていた人間三人は、電撃の残渣の一つまでもがなくなって初めて、そろそろと壁から離れてリドリーの様子を窺った。――完全に伸びている。
凄まじい自然現象の具現化を見た彼らに、その元凶である小さな生き物が、しかし割れるような笑顔で近づいた。

「マルス!無事だったんだね!」

飛び上がって、マルスの胸に抱き付くピカチュウ。直前の出来事など忘れ、マルスもまた心の底から笑って彼を抱きしめた。

「ピカチュウこそ!よく…よく無事で!」

思えば、彼と別れたのがずいぶん前のことのように感じられる。マルスを助けるために、敢えて亜空に残り、敵の捕虜となることに甘んじてくれたピカチュウ。しかし、腕の中のピカチュウはぽかんとマルスを見上げ、驚きで声も出ないようだった。
マルスは困ったようにアイクとサムスの方を見やる。そうして全くピカチュウと同じ表情で固まるサムスとアイクを見つけて一層困惑した。

「え、ど、どうしたの」
「あなた…そんな顔できたの?」

サムスが開口一番にそう言った。言われて、ああ、と納得する。この反応はよく考えたら初めてではなかった。サムスはなおも訝しげに問う。

「なんだか雰囲気も違うし…本当に、あなたはマルス?」
「ええ。僕がアリティアの王子マルスです」

ピカチュウを下ろし、マルスは膝を付く。その行動に狼狽えるサムスに構わず、マルスはピカチュウにも聞いて欲しい、と前置きしてから頭を垂れ、続けた。

「貴方たちの知る僕は、見苦しい姿ばかり見せていたでしょう。不快な思いもたくさんさせてきたと思う。…本当にすみませんでした」
「な、なんで今更謝るのよ」
「もう一度、僕を仲間として認めてほしいんです。都合がいいだなんて百も承知です。でも、助けてほしい…」

沈痛な声に、サムスは返す言葉を失う。一方ピカチュウはかぶせ気味に「もちろんだよ!」とマルスに駆け寄ってその小さな手で彼の指を握った。

「ボク、マルスがいい人って知ってる!マルスは、確かにちょっと怖かったけど…でもポケモンには優しかったの、見てたもん」

ね、サムス!と同意を求めるようにピカチュウに振り返られ、サムスはぎくりと肩を竦めた。が、彼女も端からマルスの懇願を切り捨てる気はなかったようで、苦笑ながらに頷いた。

「ここでピカチュウに会ってから、ずっとあなたの話を聞かされていたわ。ネスを庇って、みんなを守るために戦ってくれたって」
「それは――」
「ピカチュウが身を挺して守る気になったんだもの。きっと信用に足る人なのね、あなたは」
「サムス」

ほっとしたように顔を上げ、マルスが泣きそうな顔をする。こんなに表情豊かな青年だったのか、とサムスもまた表情が緩む。きっと、最初からこんな風に穏やかな出会いであったなら、今頃――。
だが、考えても詮無いことである。黙り込むマルスとサムス、ピカチュウを見かねたように、さて、とアイクが声を張り上げた。

「まだやることはある。立て、マルス」


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