世界よ、愛しています
*48
エインシャント卿のあとについて、アイクとマルスは通用口の中を奥へ奥へと進んでいく。遠くの方でゴウンゴウンと低く地鳴りのような音が断続的に響いているが、それは亜空爆弾の製造過程の音だとエインシャント卿が言った。
「我々の島には最新鋭の機械技術がそろっていマス。タブーはそれに目を付け、創造神をこの島にけしかけ、亜空爆弾の製造を命じたのデス」
「そうか…」
「逆らえぬよう、仲間はコアに遠隔操作用の装置と亜空爆弾を埋め込まれマシタ。それらの制御装置はここの監視役として派遣された魔王ガノンドロフが所持しています。…今は留守にしているようデスガ」
「魔王」
アイクが険しい顔をする。ガノンドロフ。これまで何度も彼らの前に立ちはだかり、その行く手を阻んできた男。魔王の名に恥じぬ圧倒的な力と残忍さで苦戦や敗走を余儀なくされた相手。マルスはふぅんと軽い反応である。
「ところでさ」
話を切り替えるように、マルスは声のトーンを明るくして言った。
「君の名前は、なんて言うの?エインシャント…君、でいいのかな」
そんなことには考えたこともなかった、というようにエインシャント卿の動きが数瞬完全に止まったようだった。それから徐々に活動を再開するように、とぎれとぎれに彼は続けた。
「…ancient…昔の…古来の、古くからの…或は、旧式の、老齢の……。あのお方が…タブーが便宜上、そう呼んでいるだけデス。私の名ではありまセン」
エインシャントという名を彼があまり気に入っていないのは明白である。マルスが遠慮がちに問う。
「じゃあ、なんて呼べばいいかな?」
「…HVC-001…いえ、ロボット、我々は総じてそう呼ばれていマス」
何かを言いかけたエインシャント卿であったが、それがマルスらにとって聞きなれない言語であったために、二人がそこに言及することはなかった。なら、ロボットだな、と身も蓋もない解決に至ったアイクに、マルスはおかしそうに笑った。
エインシャント卿――もといロボットでさえ、わずかに緊張の糸が解けたように見えた。が、ちょうどそのとき無機質な通路の照明が赤色にパカパカと二度明滅した。なにかの合図だろうかとマルスが首をかしげると、ずいぶん慌てた様子でロボットはマルスとアイクに向き直った。
「大変ダ、ガノンドロフが帰ってきマシタ!」
「なんだと」
アイクの顔が強張る。ロボットは即座に踝を返して早口に告げた。
「私はあの男の元に行って時間を稼ぎマス。貴方がたは逃げテ――」
「待って。魔王は君が僕らを浚ってきたことを知っているかい?」
今にも飛び去っていきそうなロボットのローブを力の限りに引き止めて、マルスが問う。はたと我に返った様子でロボットは動きを止めた。
「…恐らくハ。私の行動は監視されていまシタ」
「なら君が迂闊に僕らを逃がしたと思われては不味い」
言いながらマルスは抜刀する。何を、とアイクが口を開く前に、彼はロボットに斬りかかっていた。
鈍い悲鳴を上げてロボットが壁に叩き付けられる。斬られたローブの隙間から煙と火花が散ったが、致命傷には至らなかったようで、ロボットはすぐに態勢を立て直した。
「…貴方の機転に感謝しマス」
「な、なにをしたんだ?」
意味の分かっていない様子のアイクに、マルスは歩き出しながら答える。
「僕らを浚ってきた彼が、僕らをみすみす逃がしてしまうような理由がなければ彼の裏切りが疑われてしまう」
「あ、ああ…なるほど」
「逃げるなラ、F-17地区へ。デハ、後ほど」
正論とはいえ、淡々と説明もなく行動に移せるマルスと、それを平然と受け入れるロボットに煮え切らないものを感じつつ、アイクはマルスに従って歩き出す。マルスを守るつもりで付いてきたアイクだったが、こと戦闘以外において自分がマルスの力になれることは少ないのだと今更のように思わざるを得ない。それ故に、前を行くマルスに彼は問うことしかできない。
「これからどうするんだ」
「エインシャント卿、改めロボット君の言葉に従うしかないだろう。魔王から起爆装置とやらを奪うのは、機を見てから、ということになりそうだが…」
油断なく周囲を警戒するように前を見つめるマルスが、ふと壁を見上げるような仕草を見せる。つられてアイクもそちらを見ると、鋼鉄製の壁には薄暗い中でもほのかに燐光を放つ蛍光塗料で「K-15」と書かれている。マルスは小さく笑った。
「買い被ってくれたものだ。文明水準の違う迷宮で索敵マップか。リセット必須だよ」
「頭を使うことはお前に任せるしかない。すまんが、頼む」
珍しく小さくなって項垂れるアイクがそう謝り、マルスは一層笑った。
「アイクでも、そんな殊勝なことを言うんだ」
「…そんな風には見えなかったか?悪かったな」
「だって、今まで知ろうとしなかった」
笑顔を崩さないままに、マルスが答える。アイクは心底返答に困った様子で黙り込んだ。仲間を拒絶していた王子を今更責めても仕方がない、しかしそんな王子を擁護できるほどにアイクは多弁でない。
アイクの反応も想像の範疇だったのか、マルスはすぐに表情を和らげて続けた。
「でも、もう前までの僕じゃないよ。君のこと、もっと知りたい。みんなのこと、もっと知りたい」
「マルス」
「そのためには、世界を返してもらわなきゃならない。それから、みんなに数々の非礼と暴言を謝りたい。…叶うなら、世界の一員になりたい」
思わずアイクは居住まいを正す。それほどまでにマルスの決意は強固で悲壮なのだと。彼の切なる願いであるのだと。
そんなアイクの反応に、マルスは三度笑った。今度はどこか照れているようだった。
「あはは、ごめん。でも大丈夫、僕に任せてよ」
これでも僕は、大陸全土を巻き込んだ戦争を終わらせた男なんだからね、と悪戯っぽく付け足して、マルスは迷いなく再び歩き出す。アイクは慌ててそのあとを小走りに付いていくのだった。
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