世界よ、愛しています

*11

王子とメタナイトは暫し睨み合った。先に動いたのは王子の方で、視線をそらすと剣を下ろした。その後、血糊を払うように剣を振り、それを鞘に収める。そして彼らに背を向けるとすたすたと歩き出した。
ほっとピットとメタナイトは息を吐くが、リンクはその背に怒鳴った。

「…待て!テメェ一体何がしたい?!」
「よせ、リンク。挑発するな」

メタナイトが鋭く制止の声を上げるも、リンクは聞く耳を持たない。

「理由があるならはっきり言え!何が気に入らねーんだ、テメェは!」

王子が足を止めた。が、彼は振り返らず、消え入りそうな掠れた声で囁いた。

「世界が」
「は?」
「この世界が嫌いだ。君が嫌いだ。…君たちが嫌いだ」

むっとリンクが眉を吊り上げる。「ああ、そうかよ!」とリンクは再び怒鳴った。

「俺だってテメェが大嫌いだ。これでおあいこだな」
「リ、リンクさん…っ」

喧嘩腰のリンクを諌めるようにピットが慌てて声を上げるが、しかしリンクもピットもメタナイトも、次なる王子の言葉を聞いて瞠目した。

「…それで、いい」

その声があまりに切実で、か細く震えていた為に、怒り心頭だったリンクも言葉を失う。そのまま歩き去る王子を、残された三人は呆然と見送るしかない。
王子の姿が見えなくなってから暫くして、ピットが非難するようにリンクを見上げて呟いた。

「マルスさん、泣いてませんでした?」
「ばっ、俺のせいじゃねーよ!」

そう叫ぶリンクだが、その後も暫くは王子の去った方向を見つめ続けていた。

***

あてもなく森を突き進んでいった王子は、ようやく足を止めた。

手が震えた。
上手く呼吸が出来ない。
酷い吐き気もする。

この世界では死が訪れず、代わりに人形化が訪れる。それはよく分かっていたし、実際仲間が人形化するところを見た王子は現実味のない世界の理を茶番だと吐き捨てた。
しかし今になって激しい後悔が襲う。例え、生き返るとしても、自分は一度仲間を殺したのだ。

先の世界の代わりに存在する“今の世界”が嫌いだった。
(本当は、今の世界も先の世界も、どちらも比べるまでもなく愛している)

先の世界の代わりに存在する“今の仲間”が嫌いだった。
(本当は、本質の変わらぬ彼らを、そして新たな心優しき仲間を愛している)

だから、彼らに嫌われていた方が王子にとっては楽なのだ。リンクに「大嫌いだ」と言われて、王子はようやく安堵した。仲間の厚意に応えられない申し訳なさが、僅かたりとも軽減した気がした。
(本当は、嫌いだなんて言われたくなかった。泣きたくなるほど悲しくなった)

「僕は…馬鹿だなぁ」

辛くなる方へ、辛くなる方へ、自分から足を踏み外している。敢えてそれをするのは、仲間を救えず自分だけが生き延びたという罪悪感故。

「誰か…たすけて…」

救いを求める声は、すぐさま色を無くして霧散してしまった。

***

気が付くと、陽が落ちて森はすっかり暗くなっていた。屋敷に帰るに帰れず、途方に暮れていたとも言う。
王子は今日何度目になるか分からない溜め息を吐いた。

「ここにいたか」

声がして、王子は振り返る。肩に金の大剣を担いだアイクが、そこにいた。王子が何も答えないでいると、アイクはラグネルを地面に突き刺し、腕を組んだ。
そして、唐突なことを口にした。

「マルス、手合わせしてくれないか」
「…は?」
「お前があの魔王を倒したと聞いた」

責めるでもなく、揶揄するでもなく、淡々とそう述べる。王子はアイクを睨み付けた。

「だから何だと言うんだい?敵討ちでもすると?」
「いや」

一方のアイクはきょとんと首を傾げた。

「俺は強い奴と戦いたいだけだ」
「僕は…強くなんか、ない」

王子は視線を落とした。少なくとも、激情に任せて仲間を殺めてしまうような己は、強くなどある訳がない。
しかしアイクは聞く耳を持たない。ラグネルを持ち上げ、肩の高さで水平に構えた。

「マルス、構えろ。来ないならこちらから行く」
「ちょっと、君…話を――!」

思わず王子も抜刀した。瞬間的に距離を詰めてきたアイクの気迫に、理性より防衛本能が勝ったのだ。振り抜かれる大剣を両手で構えた神剣で受ける。王子は大きく後退を余儀無くされ、踏みしめた地面にブーツが沈み込んだ。
鍔迫り合いの最中、アイクが低く囁いた。

「考えるな」
「え…」
「俺との戦いに集中しろ」

アイクの剣が強引に振り抜かれ、王子は数歩よろめきながら後退した。そこへ大きく跳躍したアイクが上段から斬りかかる。
そんなアイクの蒼炎灯る瞳を見上げ、王子は半ば呆然と立ち尽くす。好戦的な野獣のような鋭い眼光が、己を捕らえんとしているのがよく分かった。

ちり、と胸の奥が焦げるような感覚を覚えた。理性を本能が犯し始めている合図だ。アイクが強者との邂逅に歓喜する戦闘狂な面を持つのと同様に、王子もまた命懸けの戦いを望む人間だった。

凄まじい轟音と共にアイクのラグネルが大地を叩き割る。王子は最小限の動きでそれをかわして、隙の出来たアイクに下段から斬りつけた。下段から繰り出されるそれに剣で対応は出来ぬと踏んだアイクは、王子の剣の柄を踏みつけるように足で止める。剣を止められた王子は、しかしすかさず剣を手放し左手に持ち替えると、振り抜こうとしていた右腕の勢いは殺さず、アイクの顔面めがけて肘鉄を見舞った。

「…っ」

なんとかそれを手の平で受けて、アイクは一旦後退した。間髪を入れずに王子が追いすがる。バネを生かした長距離跳躍からの刺突である。

しかし、アイクは避ける素振りを見せなかった。それどころか王子の顔を見つめ返し、いつかのように小さく挑戦的に笑った。

「!!」

アイクが仰向けに倒れた。その肩口から鮮血が飛沫く。一応急所は外れていた。当たる直前に王子が剣の軌道を変えたのだ。
倒れたアイクに、王子は即座に駆け寄った。とどめを刺す為――ではない。
王子はアイクの横に膝を付き、傷口を手で押さえた。

「ご…ごめん、アイク!僕は…っ」

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