世界よ、愛しています

*46

ひどく見覚えのある色だった。それ故に、少々敏感になり過ぎているのかもしれない、とマルスは己に言い聞かせる。だが、一度そう思ってしまうとそれ以外に考えられなかった。あらゆる全てが繋がる気がした。
アイクの隣で、マルスは完全に脱力したように両腕をだらりと下ろした。あらゆる気力を失ったようにも見える。生きる希望すら失くしてしまったのかとアイクが危ぶむほどに、彼はただその場に突っ立っていた。

「どうしたんだ?」

ここで、ようやく甲板の異変に気が付いたらしいフォックスらが駆けつけて、一同はエインシャント卿を囲むような立ち位置で相対する。初見の侵入者に目を白黒させる者が多いなか、メタナイトは即座に剣を抜き放ち、ウォッチはピコピコと機嫌の良さそうな音を立てた。

「ロボ…イエ、コチラノ姿デハエインシャント卿デスカ?遠路遥々御苦労サマデス」
「…Mr.ゲーム&ウォッチ。貴方まで裏切るとは思いませんでしタ。それほどの魅力がこの方々ニ?」
「魅力?マサカ!コノ方々タチハトッテモ野蛮デ、トッテモ好戦的デ、魅力ダナンテ生易シイモノハ持チ合ワセテイマセンヨ!」

いかにも知り合い然として語らうウォッチとエインシャント卿を、ピーチは「お友達かしら?」と呑気に首を傾げて見守る。が、それ以外の面子の視線は概ね敵意と警戒の色が込められていることに、気付けないエインシャント卿ではない。彼はぽつりと「話がややこしくなりそうでスネ」とぼやくと、改めてマルスに向き直った。

「マルスさん、貴方には戦況を切り開く力があると思いマス。それが貴方の軍師故の才能カ、はたまた生来のカリスマによるものなのかは知りませン」
「褒めてくれているの?」
「イエ、事実を申し上げているマデ」

エインシャント卿は身構える。何かくる、と漠然とマルスは思ったが、どうにも迎撃する気になれなかった。
次の瞬間、エインシャント卿の深緑のローブが左右にはだけ、中から無数のワイヤーのようなものが意思を持ってマルスに躍りかかった。機械めいた装甲は肌に冷たく、マルスの体はあっという間に拘束される。それでもなお、マルスに抵抗の素振りが見えなかったのは、仲間たちの悲鳴や機械の駆動音に紛れて、小さなエインシャント卿の呟きを拾っていたからだろう。

「どうカ…我々をお助けくだサイ」

殺到するワイヤーが、マルスの姿を埋め尽くすまでに大した時間はかからなかった。

機械触手でマルスを拘束したエインシャント卿は、無感動に甲板に立ち尽くす王子の仲間たちを見渡した。何が起きたのか分かっていない者が大半で、先ほどまで怒りに燃えていた蒼炎の勇者でさえワイヤーの下に埋もれるマルスを見て茫然としていた。
それでも、はっと立ち直った様子のアイクは、一言「今助けるぞ」と叫び、金色の神剣を振り上げた。しかし、それを止めたのはまさに渦中のマルスの声だった。

「待って!僕は平気だから!」

存外はっきりとした声がワイヤーの中から響く。見れば僅かに手の先が隙間から覗いている。アイクは駆け寄ってその手を掴んだ。

「どこが平気なんだ!今引っ張り出す!」
「痛い痛い痛い…腕がちぎれちゃうよ!大丈夫、僕はエインシャント卿に付いていくよ」
「な、何を言ってるんだ!?」

アイクが怒鳴る。思わず握る手に力がこもる。おおよそこの状況でこんなことを言い出すのは、仲間を巻き込みたくないだとか、自分一人が犠牲になればだとか、そういった心理によるものだろう。だが、それ以上何か言うより先に、ふわりと目の前のワイヤーの塊が浮き上がる。ワイヤーの繋がる先を見れば、エインシャント卿が円盤の浮力によって既に上昇を始めているところだった。
フォックスとファルコがブラスターを構え、ゼルダが炎魔法の構えを取り、メタナイトが今にも飛びかからんと翼を広げたとき、エインシャント卿はハルバードの甲板から飛び降りてしまっていた。ワイヤーに拘束されたマルスの体は無抵抗に引きずられ、鉄柵を乗り越えるとエインシャント卿の乗る円盤にぶら下げられたまま攫われていく。唯一マルスの手を掴んでいたアイクは、そのワイヤーにしがみついてエインシャント卿に付いていく。

「アイク!マルス!」

すぐさまフォックスは鉄柵に駆け寄ってエインシャント卿にブラスターの照準を合わせた。が、その引き金を引くには至らない。仮にエインシャント卿を攻撃できたとして、今上空に投げ出されたマルスとアイクをどう回収できるというのか。

「大丈夫!」

状況を理解しているのかいないのか、最も大丈夫でないマルスが拘束の中から声を上げる。
まだ言うか、と仲間ですら彼の不可解な言動に憤りを覚え始めるが、王子はやはり意思を曲げる気はないようだった。

「こっちはなんとかするよ。君たちはマリオたちと合流して状況把握に努めてくれ。…ああ、でもアイクは借りていくね」
「マルスさん、貴方なんて呑気なことを」
「僕は自己犠牲の精神で言ってる訳じゃないよ」

遠くなりつつある王子の声が、それでもよく徹る音で高い空を抜けていく。

「あとで合流しよう――必ず!」


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