世界よ、愛しています

*団長の話2

突如、破壊神の背後の景色が揺れる。それにはリンクとスネークも驚いたように背後を振り返った。
何もない虚空に、白い無機質な部屋が映し出された。部屋の中央には、薄水色に発光する人型の何かがいる。背中からは巨大な虹色の翅が生え、頭部にあるべき顔はない。心臓らしき場所に赤色の核が存在し、その姿を異形の者たらしめていた。
漠然と、彼はそれがタブーであると理解した。次いで視線を移すと、タブーが腕に何かを持っているのが見える。襤褸のように汚れたそれは、よくよく見ると足があり、手があり、一振りの剣を握っている。蒼い頭髪は血で汚れ、タブーより二回り以上も小さい体が、タブーに首を絞められ宙吊りになっていた。
マルスだった。
血の気が引く。心臓を鷲掴みにされた気がした。彼は思わず絶叫していた。

「マルス!マルスだ!どうして…!?」
「アー…落ち着きナサイって。今の話じゃナイんだから」
「落ち着いていられるか!このままじゃ――」
「コレは、タブーに襲われたトキの方舟内部の記録ヨ」

彼の興奮に呆れたように溜息を吐きつつ、破壊神が宥めるように答えた。口には出さずともリンクとスネークも動揺していたらしく、破壊神の言葉に僅かながら安堵の表情を見せる。が、彼にはそれさえもなんの慰めにもならなかった。今眼前で繰り広げられるマルスの苦痛を、彼には取り除いてやることが出来ない。この世界に来たばかりのマルスの悲惨な状態を、彼は勿論覚えている。痛かったに違いない。怖かったに違いない。誰も、マルスを守ってくれるものなどいなかったのだ――そう思ったとき、目の前の映像に変化が訪れた。
タブーの背後から、緑衣の青年が袈裟掛けに長剣で斬りかかった。それはタブーの翅の一片を削るにとどまったが、タブーは激怒し、マルスを投げ捨てると標的を緑衣の青年へと変えた。
緑衣の青年の手に輝くのは青白い長剣。癖のない金の髪の隙間から、長く尖ったエルフ族に似た耳が見える。その姿は、細部は違えど彼の良く知る人物に似通っている。
それは、今まさに彼の眼の前にいる青年だった。

「…リンクか?」

違うと分かっていても、聞かずにはいられない。聞かれた方のリンク――緑衣を纏い、癖の強い金髪から長い耳を覗かせる青年は、困惑の色濃く首を横に振った。

「違う…俺じゃない。でも、とてもよく似ている――父さんに」
「エッ?」

何故か、リンクの返答に反応したのは破壊神だった。この時の彼には破壊神の驚きの理由は分からなかったが、深く問い詰める前に映像の中の戦況は目まぐるしく変わっていき、とうとう彼が破壊神に真意を訪ねる機会は訪れなかった。
マルスを囮とする形で奇襲を敢行した緑衣の青年は、しかし呆気なくタブーに殴り飛ばされ地面を転がる。タブーが緑衣の青年にとどめを刺そうと体の向きを変えたとき、物影から今度は赤毛の青年が飛び出してきて、無防備だったタブーを劫火を纏った剣で斬り付けた。さすがのタブーも膝を付く。優勢に立ったかに見えたマルスらは、しかしそれ以上の追撃を加えることがなかった。彼らは皆等しく満身創痍だった。誰も立ち上がれなかったのだ。怒りに吼えるタブーと、同じく必死の形相で何かを叫ぶマルスと青年二人。タブーが翅に溜めた力を解放するように広げる寸前、何もない空間から白い巨大な手袋が現れて、マルスのみを掬い上げた。手袋はマルスを自分が通ってきた出口へと放り投げたが、直後映像は白い光に塗り潰され、以後はぶつりと途切れたように暗転した――

「この襲撃で、王子サマ以外の旧世界の戦士は皆死んだワ」

暗闇に包まれた空間で、なお仄白く姿を浮き上がらせる破壊神は、静かにそう告げた。リンクはどこか苦々しげに吐き捨てた。

「ずっと…旧世界の仲間と、俺を、重ねて見てたってのかよ、あいつは…」
「なるほどな。…落ち込むな、リンク。マルスは、この新しい世界そのものが認められなかったんだろ」

スネークの吐き出した煙草の煙が、呟きと共に闇に散らばって消えていく。ココは禁煙ヨ、と破壊神が嫌そうに抗議したが、固いこと言うなよ、とスネークはどこ吹く風で、苦虫を噛み潰したような表情で俯くリンクの肩を叩いた。
一方で、誰より一番衝撃を受けていたのが、他ならない彼である。珍しく彼は血の気の失せた顔でふらふらと破壊神に歩み寄り、震える声で言った。

「…頼まれたんだ、俺は…」
「ハ?」
「仲間を助けてくれと、マルスに頼まれた」
「ソリャ、あの子ナラ言うでしょうネェ」
「死んだのか、あいつの仲間は…もう、手遅れなのか…!」

彼は握った拳を爪が食い込むほどに握りしめる。今になってようやく、マルスの嘆きの原因が理解できるなど、あまりに遅すぎる。マルスの仲間が死んでしまっている以上、彼にはマルスの絶望を拭ってやることができないのだから。加えて、今しがた見せられた映像を見て、彼は直感していた。マルスは、あの二人の青年に庇われてあの場を逃げ出すことができたのだ。今現在マルスは行方が知れないが、このままマルスまで失うことになればと考えると、マルスを生かしてこの世界に遺してくれたあの二人が報われないと思った。
破壊神は、そんな彼を見下ろして、しかしどこか楽しげですらある声音で応える。

「悔しいでショウ?腹立たしいでショウ?そんな感情、溜め込ンでちゃダメヨ?怒りヲぶつけるべき相手が、いるンだかラ」

轟く声が、暗闇に響き渡る。嘲るような調子の口上に、何故か嫌悪感は抱かない。きっと、その下に隠された破壊神のタブーへの怒りを、彼らもまたしかと感じ取っていたからだろう。

「アナタたちは、無力じゃナイワ。サぁ、武器を構えて猛りなサイ!死を恐れずに喰らい付きなサイ!アナタたちの可愛い可愛い王子サマを助ける為ニ!」
「当然だ!…だが、俺はどうしたらいい!」

彼もまた、吼える。死など元より恐れていない。足りないのは、情報と、参謀である。考えるのは人一倍に苦手な自覚のある彼は、このままでは勢いだけが空回りしてしまうことが分かる程度には冷静である。破壊神は体――というよりは手――を反らせて大きく笑った。

「アッハッハッ!!いいワァ、その潔さ!勿論アタシが教えてアゲル。何をすべきか、どこへ向かうべきか!」


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