世界よ、愛しています

*団長の話1

気が付くと、暗闇の中にいた。手を付いて起き上る。体の下に覆い被さるようにして庇った仲間は、やはり影も形もなかった。掠れた声で名前を呼んでも返事はない。見失ってしまった。彼は再びその場に膝を付いて項垂れ、唇を噛む。いいようのない無力感が彼を襲った。

「落ち込むコトないワァ、神殺しの団長サン」

そんな彼を嘲るように、暗闇の頭上から声が降り注ぐ。片言めいたアルトの声は、女のもののようだ。彼が頭上を振り仰ぐと、暗闇にぼうっと浮かぶように白い巨大な手袋が浮いていた。
何を呑気なことを、と彼は憤る。彼の仲間は――あの蒼い王子は、命を狙われていた。得体の知れない何かが、それも人の力では及ばないような何か大きいものに、王子が巻き込まれているのだと、いかに頭を使うのが苦手な彼とて想像が付いた。

「…マスターハンド。マルスのところに行かせてくれ。このままじゃ…」
「ノン、ノン。アタシは破壊の神クレイジーハンド。マスターの半身ヨ」

目の前の手袋は、人差し指を左右に振って、チッチッと舌打ちのような音を出す。確かに良く見れば、創造の神マスターハンドは右手の姿をしていたが、今目の前にいるものは左手のそれである。一瞬の間を置いて、彼は見知った創造神と眼前の存在が別人であることを悟る。加えて、名乗ったそれは酷く不穏な響きの名である。彼は表情を険しくして愛剣の柄に手をかけたが、別の声がそれを制止した。

「待て、アイク。コイツは敵じゃない」
「…リンク」

破壊神に付き従うように立つ緑衣の青年の名を呟くと、リンクは静かに「お前は無事だったんだな」と彼の無事を喜んだ。暗闇に目を凝らせば、その反対隣に咥え煙草のスネークの姿も確認できた。信頼できる仲間が言うのだ、この白い巨大手袋が敵でないのは恐らく真実なのだろう。加えて、彼は思い出す。クレイジーハンドの名を、彼は既に聞いていた。その名を口にしたのはマルスだ。敵意の感じられる呼び方ではなかったことは記憶に新しい。彼はとりあえず警戒を解いて剣を下ろす。――無駄に刺激して敵意を煽っては余計な時間を浪費してしまう。
それを見て破壊神はケタケタと笑った。

「アラ!猪突猛進なおバカさんかと思ったケド、意外と冷静ネェ」
「…どういう意味だ。いや、それどころじゃない。敵じゃないなら、すまんがあんたの相手をしている暇はない。俺はマルスを…」
「待ちなサイ」

破壊神がどこかねっとりとした声で言う。人を威圧する声だ、と彼は思う。創造の神マスターハンドも、普段はとても陽気で気さくな態度だったが、時々発せられる神々しさにも似た存在感を、彼は当然知っている。これが神の覇気なのだろうと漠然と思った。
彼は破壊神の言葉に大人しく従う他なかった。目の前の白い手袋は落ち着きなく指を動かしていた。

「王子サマを…マルス、を助けタイんでしょウ?ナラ、敵が誰か、王子サマが何と戦っていルのか、知っておきなサイ。神すら殺すアナタなら、きッとあの子の力になれルでしょう」
「…なんだと?マルスは、一体」
「“亡国の王子マルス”は、先の世界の生き残りヨ」

先の世界、との謎の単語を前に、彼はしばし固まる。自分だけが知らないことなのか、それとも周りも知らない情報なのか、助けを求めるようにリンクとスネークを見ると、二人の表情に変化はない。既に破壊神から聞き及んでいた情報なのだろう。破壊神は言葉を選ぶように「アー」と小さく唸った。

「今のアンタたちは、マスターがこの世界ノ住人として作った“人形”でショ。でも、アンタたちが生まれてクる前、この世界ノ前身となるもう一つの古い世界があッた。…王子サマは、その世界の住人だったワケ」
「…それは…」
「旧世界でハ、人形の概念がなかッタ。それ故に王子サマは生身の人間。死んだラそのママ、二度と生き返らナイ」
「今思えば恐ろしい話だな」

それまで黙っていたスネークが煙草を手に持ち、煙を吐き出しながら言う。彼もスネークの言わんとするところを察して背筋が凍る思いだった。
この世界の住人にとって、人形化は死でなく原状回復である。とうてい治療の望めない怪我をしても、ひとたび人形に戻ってしまえば、再び目を開けたときその体に傷は残らない。しかし記憶は蓄積されるというから、都合がいいのは御愛嬌である。それはさておき、マルスがこの世界に辿り着いたとき、酷い大怪我を負っていた。当然、この世界の常識に則った判断を下すなら、王子を一度人形化させ、原状回復を図るのが自然だろう。その方が治癒にかかる時間も手間もはるかに少ないのだから。現にそういう案が出たことを彼は鮮明に覚えている。それを通常の人間に施す治療にせよと指示を下したのはマスターハンドである。怪我人を治療せよというのだから、特別不可解な指示でもない、と当時は誰もマスターハンドの判断を疑問に思うこともなかったが、今思えば、それもマルスが生身の人間であることの裏付けに他ならない。
破壊神は続ける。

「旧世界は、人形化の概念がなく、管理がトテモ複雑だったノ。だかラ、いつもどこかで予期せぬバグが発生シては、世界を蝕んで壊していった」
「……」
「やがてマスターは旧世界を見限ったワ。そうして創られたのが、この世界。人形化を取り入れて、管理に必要な処理を格段に減らしたノネ。王子サマを含む旧世界の住人は、アタシたちと一緒に“方舟”に乗ってこの世界へ来る…ハズだった」
「それを…亜空の覇者“禁忌”タブーが襲った」

破壊神の言葉をリンクが継ぐ。聞き慣れぬ名だが、つい最近その名を聞いた気がして、彼ははっとした。それだけではない。タブー、方舟、亜空、世界。全てマルスとエインシャント卿の会話に出てきた単語だ。そのときは意味を汲めなかったが、今なら分かる。エインシャント卿はマルスの仇の部下であった。それ故にマルスは激昂し、声を荒げて斬りかかっていった。
タブーは、と破壊神が囁くように言った。

「世界と世界の狭間、次元と次元の狭間、亜空間に存在する者ヨ。亜空の住人であるアイツは、世界に干渉できない。それがアイツは不服だッタ。アイツの目的は、この世界への干渉権を手に入レ、亜空のみならず世界までもを席巻するコトヨ」


[ 59/94 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -