世界よ、愛しています

*44

『とうとう自棄になりましたか!!』

迷わず自分に突っ込んでくるマルスを前に、いっそデュオンは歓声のような声を上げて喝采を送る。魂胆は勿論分かる。追尾機能のあるミサイルで、デュオンの自滅を狙っているのだ。だが、それではマルスも巻き添えだろう。彼がただの「この世界の住人」なら、その戦法も当然取るべき手段の一つであったはずだ。彼には仲間がおり、たとえ巻き添えに人形化の憂き目を見たとしても、復活のあてがある。しかし、デュオンは彼がそうできないことを知っていた。

『私は知っていますよ!貴方がフィギュアになれないことを!すなわち、貴方にとってゲームオーバーとは死に直結することを!それを承知でこの無茶ですかッ』
「僕は、負け戦はしないよ」

真っすぐ無防備に突っ込んでくるマルスに、デュオンの刀剣が振り下ろされる。それは難なくマルスにかわされ、彼はミサイルを引き連れたままデュオンの振り下ろした刀剣の上に降り立った。そうして更に一歩、足場を蹴ってデュオンの眼前に躍り出す。
ふわりと抱き付くように落下してくる青い王子を、デュオンは茫然と見上げた。その軌道を己の放ったミサイルの群れが追尾している。――そんなマルスの姿を、突如薄水色のベールが包んだ。

「私だけの防御では耐え切れません!!」

鋭く金切り声を上げたのは、ゼルダである。腕に纏うのは遠隔魔法の残滓、その魔法こそハイラルの女神が残した防御魔法ネールの愛だ。知覚機能のある部品でゼルダの姿を視認して、ようやくデュオンはマルスの狙いを理解した。
――ゼルダ姫の魔法をあてにして突っ込んできたのか!
しかし、ゼルダの言うようにそれではあまりに心許無い防御力。この物量に勝るミサイルの群れを防ぎ切れるとは思えない。この王子を巻き添えにできるなら、この幕引きで十分義理は果たせたでしょう、とウォッチが思った刹那に、煌めく光の壁が二方向からマルスを守るように張り巡らされた。

彼が、それが何かを理解するより早く、ミサイルはデュオンとマルスに直撃し、ハルバードの甲板は轟音とともに激しい爆風に見舞われた。

「…なんて無茶しやがるんだ!」

真っ先に吠えたのは、フォックスである。その息は荒い。肩を上下させて爆炎の上がるデュオンを見つめる彼は、先ほどまでリフレクターを握っていた己の手を見つめた。今、その手にリフレクターはない。咄嗟にマルスに向かって投げ付けたのだ。同じ装備を持つファルコもまた、フォックスと全く同じ行動を取って、茫然と炎を見上げていた。ただし、彼はその足でリフレクターを蹴り飛ばしたという点に違いがあるが。

「無茶なものか」

猛る声に、落ち着いた声が返る。炎の中から悠然と現れ、重さを感じさせない動作で甲板に降り立ったのは、たったいま大爆発に巻き込まれたと思われていたマルスである。言葉もなく彼を見つめる仲間たちは、目の前で起きた出来事を理解し、納得するまでの余裕がないようだった。
よろよろとアイクが前に進み出る。無事なのか、との言葉を彼は呑みこんだ。ネールの愛を身に纏い、フォックスとファルコのリフレクターに守られた王子は、掠り傷一つ負っていなかった。マルスは微笑み、行き場をなくしたように宙をさまようアイクの手を取った。

「僕は無事だよ、この通り」

きっと君たちならこうしてくれると信じてた、とゼルダとフォックス、ファルコを見やるマルス。ゼルダはへなへなと脱力したように座り込み、フォックスは何事かを言いかけて、結局口を噤んだ。スネークが呆れたように「とんでもない王子様だな…」と呟く。
その時、一際大きい爆発とともにデュオンが影虫となって四散した。その中からひゅるると打ち出されて甲板に転がったのはウォッチのフィギュア。かくて、ハルバード上での戦いはマルスらの勝利で幕を下ろしたのだった。

*
ハルバードの操舵室にて、メタナイトがゆっくりと舵を切ると、巨大戦艦は悠然と方向を変えて蒼天を突き進んだ。目指すはデデデ城、別行動中のマリオやリンクらとの合流である。
荒れ果てた操舵室は、どこからともなく現れたピーチの従者キノピオが丁寧に片付けて、破壊された前面のガラス窓がないことを除けば、操舵室は依然の整然とした居住まいを取り戻していた。そんな無骨な操舵室に、白いカフェテーブルを広げ、人数分の紅茶を注いでいたピーチはのほほんと言う。

「へぇ。それじゃあ、マルスはタブーという悪い人のせいで、傷だらけでこの世界に来たのね。そして今も、タブーに狙われている、と」
「私たちが突然見知らぬ土地に飛ばされたり、敵対するよう仕向けられているのも、そのタブーという方の仕業だと…」

はい、と渡されたティーカップを、断るに断れず持て余しているファルコを後目に、ゼルダが考え込むように顎に手を添えた。麗しい姿である。
そんな姫二人に囲まれて、ウォッチが楽しそうに言った。

「トテモ怒ッテイマシタヨ、タブーサンハ。マルスサンガシブトイノデ、私ヲ駆リ出シテ影虫ヲ無理矢理集メテイククライ二ネェ」
「…っていうかお前はなんで普通に復活してんだ!?」

テーブルを叩き割る勢いでフォックスが怒鳴ると、ウォッチは棒読みで「オオ怖イ怖イ」とピーチの影に隠れる。まぁまぁフォックスさん、とゼルダが彼をなだめた。

「ウォッチさんも、好きで従っていたのではないでしょう。責めるのは筋違いですわ」
「エエ、エエ、ゼルダサンノ言ウ通リ。タマタマ落チタ先ガタブーサンノ目ノ前デ、訳モ分カラナイウチ二アルコトナイコト吹キ込マレテ利用サレチャッタ可哀想ナ私ヲ責メナイデ〜」
「抵抗するのが面倒で従ってたんだろうが」
「マァソウデスネ」
「でも、いいじゃない、そんな過ぎたこと」

スネークの指摘にも悪びれない…のか、そもそも表情の窺えないウォッチを前にファルコとフォックスが不審の消えない目で彼を見ていると、ピーチがそんな彼らの背中を手加減なくばしんと叩いた。二人が噎せる様をピピピと声を上げて笑うウォッチ。ピーチはウォッチの肩らしきあたりに手を置いた。

「マルスじゃないけど、私たち、いつかは必ず分かり合えるって信じてたわ。だから、ウォッチのことも倒してそのままじゃなくて、復活させたんだもの」
「ソノマルスサンハ、今何ヲシテイルンデスカ?」

この場にいない話題の中心人物を探して、ウォッチはきょろきょろとあたりを見渡した。この場にマルスはいない。ついでに言えば、アイクもいなかった。それにはメタナイトが答える。

「アイクが付いてる」
「アイクは…なんつーか、マルスには最初からやたら過保護だったよなぁ」
「でも、そのおかげで、アイクは私たちには理解できなかったマルスの痛みを、一番早く理解したわ」

ファルコの呟きにそう答えて、ピーチは彼らと離れて甲板に立つマルスとアイクの姿を見守る。似通った世界観の住人であることが、彼らを引き合わせるのだろうか、とも思ったが、見れば見るほど彼らの共通点はない。ただ、アイクはマルスをとてもよく気にかけ、マルスもまたそんなアイクに応えて心を開いた――そういうことなのだろう。深く考えずそう結論付けて、ピーチもまた湯気上る紅茶を口元に運んだ。


[ 57/94 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -