世界よ、愛しています

*43

戦力は十分すぎるほどに整った。戦略も何通りでも考えられる。さて、どうしようかとマルスが僅かに悩んだその時、ハルバードは唐突に青天のただ中へと身を躍らせた。それまではウォッチの身から生み出された影虫が、亜空の兵士の生成やデュオンの体の修復にと使われていたものが、雲のように艦体を覆い尽くしていたのだが、ここに至ってその影虫が底を尽きてきたのである。とはいえ、無尽蔵に影虫を生成できるウォッチであるから、その回復に手段が尽きた訳ではない。しかし、唐突に刺した眩い日差しと澄んだ青空はこの殺気立ち込めるハルバードにはあまりに場違いだった。

「…おい、今この戦艦は誰が操縦してるんだ」

そんな中、突然フォックスが素っ頓狂な声を上げる。マルスとアイクははてなと首を傾げ、姫二人もぱちぱちと瞬くのみ。スネークがデュオンを見上げながら答えた。

「自動操縦にしてあるんだろう」
『ええ。西南西に針路をとって、のんびり航行中です』
「あはは、そうだよな」

なぜかフォックスは壊れたように笑う。その意を酌みかねたマルスは視線を前方、ハルバードの進行方向に移し、そして「あ」と声を上げた。目の前に現れたのは、背の高い雪山である。そり立つ壁のように立ちはだかる白い山にどうして今まで気付かなかったのか――と言いたくもなるが、揺らめく影虫と息をも付かせぬ戦いの連続で残念ながら視認が遅れたのだ。デュオンもようやくそのことに気が付いたようで、しばし甲板に集った一同は敵味方も忘れて固まった。

「舵を切れ!!」

誰よりも早く我に返ったスネークが叫び、一番操舵室に近かったフォックスが弾かれたように操舵室に走る。このまま直進すれば山に激突してしまう。フォックスが操舵室に辿り付き、全力で舵を切る。低い音を立ててハルバードの船首が向きを変え始めたが、眼前の白い壁はもはや避けきれる距離にはなかった。

「何かに掴まれ」

マルスが吠えると、姫二人は近くの砲台にしがみついた。スネークとアイクも手近な鉄柵に飛び付き、マルスもそれに倣おうとした瞬間、デュオンが刀剣を振り上げてマルスに突進してきた。間一髪転がってその攻撃をかわしたマルスだったが、直後艦体を突き上げるような衝撃が襲う。雪山を避けきれなかったハルバードが、左の側壁を雪山と激突させたのだ。
凄まじい揺れと同時に艦体は大きく傾き、デュオンの体でさえ甲板の上を端から端まで吹っ飛ばされる。それでもデュオンは二本の刀剣を甲板に突き刺して体勢を整えることに成功したが、マルスはそうもいかない。軽々と彼の体は甲板から投げ出された。投げ出された先には、雪のない剥き出しの岩肌が広がっている。

「マルス!」

アイクが叫び、手を伸ばしたが、その距離は絶望的に遠い。
さすがに駄目だ、とマルスが来る衝撃に身を固くしていると、彼の体は空中で方向を変えた。艦体から投げ出されたはずの体は再び甲板の上に舞い戻り、マルスは情けなく四つん這いになって甲板に転がる。

「な、なにが…」
「無事か、マルス殿」

聞き慣れた渋い声が低い位置から聞こえる。マルスが顔を上げると、そこには先刻別れたメタナイトが翼を広げて立っていた。

「き、卿!貴方こそ無事で」
「先回りして待っていた甲斐があったというものだ」
「先回り…??」
「ファルコの力添えでな」

言ってメタナイトは空を見上げる。雪山の頂上付近に佇む見覚えのあるそれを、マルスもまた這いつくばったままに見やる。

「グレートフォックス…?」

先の世界ではその船上で幾度となく乱闘を繰り返した、馴染みの深い船体である。見間違えるはずもない。フォックスが割れた操舵室のガラスから身を乗り出して叫んだ。

「ファルコなのか!?…また無断でグレートフォックスを動かして!壊してないだろうな!?」
『人聞きの悪いこと言うなよ、フォックス。』

グレートフォックスから、拡声器で拡大されたファルコの声が響く。仲間の無事を伝える確かな証拠に知らずマルスの肩の力は抜ける。一方、ハルバードから刀剣を引き抜いたデュオンは無機質ながらもどこか楽しげですらある様子で声を上げた。

『ハ、ハ、ハ。いやはや、素晴らしい。自動操縦であることを見抜いて、この艦の行き先を同定したと…さすがはメタナイト卿。お見逸れしました』
「私の艦だからな」

メタナイトが剣を鞘から抜き払いながら答える。今や見るも無残な惨状となったハルバードの甲板を見て、その胸中は決して穏やかではなかろう。しかし、そんな彼の嘆きを知ってか知らずか、頭上のファルコが再び拡声器を通して声を響かせた。

『とりあえず、そこのデカブツを倒せばいいんだろ?テメーら、ちょっと伏せてな』
「え、ちょっとファルコ、待…」

的確に状況を把握したらしい遊撃隊のエースは、そんなことを言ってグレートフォックスのレーザービーム砲の操縦桿を握る。照準は勿論デュオンに合わせているのだが、ハルバードには及ばずとも空母としての機能を果たすグレートフォックスの攻撃力は並みではない。さすがのデュオンもしばし反応に窮したように固まった。

『え、彼は何を言って…』
「やめろファルコ!そんなことしたら俺たちまで巻き添えに」
「私のハルバードが!」

フォックスが制止の声を上げ、メタナイトの悲痛な声が上がるなか、無情にもファルコはビーム砲発射のスイッチを押した。
空気を焼き切る光子線が放たれ、デュオンに直撃する。それだけでは飽き足らず、グレートフォックスのビーム砲は戦艦ハルバードに被弾してその艦体を大きく揺らした。凄まじい衝撃に再び甲板に這いつくばるしかない一同は、それでも影虫を吐き出して抵抗の構えを見せるデュオンを寧ろ感謝の眼差しで見ていたかもしれない。

『くっ…なんて無計画なお方でしょう。灸を据えて差し上げる必要がありますね…』

吐き出された影虫は、ハルバードに備え付けられた巨大アームへと吸い込まれるように蠢いて、次の瞬間にはぎちぎちと不穏な音を立てて、その巨大アームがグレートフォックスへと打ち出されていた。アームはグレートフォックスの船首を捉え、ビーム砲はその照準を大きく逸らされ、雪山を穿つ。
助かった、と息付く間もなく、体勢を整えようとしたデュオンにアイクの大剣が振り下ろされる。避ける暇もないデュオンは仕方なく二本の刀剣でその攻撃を受け、二人の間には激しく火花が散った。そんなデュオンの横っ腹にゼルダのディンの炎とスネークの放ったロケットランチャーが被弾し、ぐらりと傾いだ巨体の脚部をメタナイトの音速の剣が削り取った。少し遅れて、ピーチの投げた野菜がポコンと音を立ててデュオンの頭部に当る。

『これは…なかなか…』

デュオンの声は相変わらず無機質なままだが、一行の猛攻に状況を茶化すだけの余裕が今の彼にないことは明らかだった。それでも生み出される影虫で損傷部位を修復しつつ、デュオンは背面の砲塔をマルスに向ける。マルスは剣を構えて低く身構えた。

『優秀な騎士≪ナイト≫をお持ちですね。しかし、王≪キング≫が倒されればゲームは終了ですよ』

そうして放たれた無数のミサイルは、これまでの砲弾と趣向が違う。危なげなく攻撃をかわしたマルスの頭上を通り過ぎていったミサイルは、意志を持つように方向を変え、再びマルスを狙って下降してきた。

「追尾機能がある!」

鋭くフォックスが叫んだ。同じ頃、グレートフォックスを乗り捨てたらしいファルコが甲板に降り立ったが、茫然と自らに迫るミサイルの群れを見上げるマルスに、ただ逃げろと叫ぶことしかできない。スネークがミサイルに照準を合わせてランチャーを構えたが、下手にミサイルを迎撃すれば、マルスが爆発に巻き込まれてしまう。そうでなくても、広いとは言えこの狭い甲板内では追尾機能のあるミサイルから逃げ場などないが。

どうすれば、とほんの一瞬誰もが次なる行動を迷ったとき。マルスだけが迷いなく一歩を踏み出した。

「今のは悪手だったねぇ」

にこりと、いっそ不敵に笑った彼は、追尾ミサイルを引き連れたまま、デュオンに向かって一直線に走り出したのだった。


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