世界よ、愛しています

*42

ハルバードの甲板は、大混乱だった。巨体に物を言わせて突進してくるデュオンを相手にマルスとアイクは逃げに徹する他なく、女神の祝福を受けた剣でさえ、その勢いの前にはあまりに頼りない。

「マルス!」

アイクが叫ぶ。そこに含まれた意を酌んで、マルスは頷いた。

「影虫で再生されるのは厄介だな」

ただ彼らが逃げ回っていただけかというと、実はそうでもない。紙一重で突進をかわし、或いはカウンターで着実にデュオンの懐に飛び込み、少なくはない斬撃を見舞っている。しかし、デュオンはそうして破壊され、失われたパーツを影虫を使って再生してしまう。無尽蔵に生み出される影虫によって、彼らの足掻きは実りのないものへとならざるを得ない。

「一撃で吹き飛ばすしかないか」

やけくそとも取れるアイクの言葉に、デュオンが嗤う。

『ハ、ハ、ハ。確かに白兵戦で貴方がたに敵う者は少ないでしょう。或いはあの砂漠の魔王ですら、貴方がたには手を焼いたのですから。…しかし、私は違う』

デュオンの構えた双剣が空気を裂く音を立てて振り払われた。

『力比べで私に勝とうなんて、あまりに愚鈍で嘆かわしい選択ですよ、反逆者サン』
「…それはどうかな?」
『それとも、またここから飛び降りるつもりですか?』

皮肉の強い口調でデュオンが言う。マルスは一瞬甲板の端、鉄柵の向こうを見据えた。最悪の場合、勿論そうすることもやむなしと考えるべきだろう。そんな彼の考えを見透かしたようにデュオンが続けた。

『今、この戦艦は岩山の上を航行中です。メタナイトさんがいるならまだしも、ここから身投げして助かると思うほど、貴方も楽天家ではありませんよね?』
「俺たちの心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ?」
「飛び降りることになるのはどちらだろうね」

アイク、マルスの両名は不敵に笑んで再び剣を正眼に構える。甲板に吹き荒ぶ強風にあおられ、赤と青のマントが派手にはためく。ああ、余計な言葉は無用でしたか…とデュオンは無機質な声で嗤った。

『ならば…ここでお別れです!』

ごう、と風を巻き上げて、巨大な刀剣が曇天を切り裂くように振り上げられる。その白い刀身に、しかし煌めいたのは鈍い日光ではなかった。
マルスたちの目の前で振り上げられた刀剣に、どこからともなく飛来した火球が直撃する。見えざる力で圧縮された小型の火球は、対象に触れると同時に爆発を起こして火の粉をまき散らした。それにはさすがのデュオンも動きを止める。そんな彼の顔――らしき場所に、今度は同じ方向から巨大なカブが投げ付けられた。ポコンと場違いに鈍い音が甲板に響く。

『!?一体…』
「今だ」

そんな数瞬の隙をアイクは見逃さず、鋭い一閃が茫然とするデュオンの刀剣を薙ぎ払う。同じく畳みかけるマルスの追撃には反応したデュオンは、しかしその斬撃を受けて大きく仰け反った。僅かに生まれた余裕にマルスとアイクは息を吐く。そして、この窮地を救った仲間の名を口にした。

「ゼルダ姫、ピーチ姫!いつからここに」

火球はゼルダの放ったディンの炎。投げ付けられたカブは勿論ピーチの仕業である。二連主砲の横で麗しく佇む姫君二人は、上品にお辞儀をしてから操舵室の辺りを指差した。

「私たち二人とも、攫われてここまで運ばれたらしいのですけど、たった今、スネークさんとフォックスさんに助けて頂きましたの」
「スネークたちから一応の話は聞いたけれど、みんな集まってお茶でもしながらゆっくりお話したいわね」

いまいち緊張感に欠ける姫らの言に誘われてマルスが視線を上げると、操舵室の破られた窓から呆れた様子でこちらを見下ろすスネークらが見える。さしずめ姫二人が先走って戦線に突入したといったところか。

「マルス」

とはいえ戦況は未だ厳しい。すぐさまマルスがデュオンに意識を戻そうとしたところを、ピーチが呼び止める。今は彼女のマイペースに付き合っていられない、とマルスは思いつつ、何故か桃姫の言葉には逆らえずにピーチに向き直ってしまうのだった。

「ピーチ姫、まだ敵が」
「貴方いまとっても生き生きしてるわね」
「へ」

ピーチはにっこり笑い、マルスの前まで歩み寄ってその肩を叩いた。

「前までの貴方は、とっても辛そうだった。でも今は違うわね、誰かが貴方を変えてくれたのかしら?」
「それは」
「できれば私が変えてあげたかったのだけれど」

ピーチは悪戯っぽくウインクしてみせ、「さ!」とマルスの両肩を掴んで体を反転させた。既に影虫で先ほど追った傷の修復を行っているデュオンが、虎視眈眈とこちらを見ているのが分かる。隣に立つアイクが「もういいか」と問うと、ピーチはうふふと肩を竦めた。

「私たちに指示を出して頂戴、星の王子様。貴方の為なら、私たち頑張れちゃうから」
「遠距離攻撃はお任せ下さいな」
「何か案があるなら乗るぞ」

いつの間にか甲板に降りてきていたスネークとフォックスも、ゼルダと共に助力を惜しまぬ考えを示す。嗚呼、と込み上げるものを噛み締めながら、マルスは打ち震える拳を握る。
自分は、ずっとこの世界が欲しかったのだ。覇者になりたい訳でも、誰かに褒められる功績を残したい訳でもなく、こうして仲間に囲まれて暮らせる世界が欲しかった。

「…では、力を貸してくれ」
「勿論よ」

マルスが懇願すると、ピーチはそっと彼の握られた拳を持ち上げて、優しく両手で包んだ。


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