世界よ、愛しています

*41

先頭を行くスネークの的確な指示で、一行はスムーズに艦内を進む。途中亜空軍の追手の姿を見かけはしたが、大きな接触もなく着々と操舵室に迫っていた。それも隠密行動のエキスパートたるスネークの手腕に他ならない。

「今、この戦艦にはあの平面人間しか乗っていない」
「ウォッチ」
「そう、ソイツだ」

スネークの言に、フォックスが口を挟む。スネークは一瞬煙草をくわえる仕草をして、はたと我に返ったようにその手を引っ込めた。スネークは続ける。

「先刻まではクッパとガノンドロフがいたが、なにやら他に向かうところがあるとかで降りていった。幸先がいいな」

ガノンドロフの名が出た一瞬、フォックスとアイクの表情が曇ったが、その不在を知るとほっと息を吐いた。マルスだけがどこか残念そうに「そう」とだけ呟いた。
ついに長い一直線の通路に出て、その突き当たりに重厚な扉に守られた部屋が現れる。あそこだ、とスネークが口の中で呟いた。さてどうする、とフォックスが言いかけたが、それより早くアイクが走り出す。待て、との制止の言葉も虚しく、アイクのラグネルが轟音と共に操舵室の扉をふっ飛ばしていた。
ひしゃげた扉が内側に倒れ、薄暗い操舵室の埃を巻き上げてその残骸が飛散する。さらにその奥、舵の前で待ち構えるのはMr.ゲーム&ウォッチ。平面世界の住人である。

「ヤアヤア皆サンオ揃イデ。ゴ機嫌イカガ?」

場違いに明るい声でウォッチが一同を出迎える。一方二コリともしないで険しい表情のまま操舵室に踏み入ろうとする面々を、ウォッチはピコピコと笑った。

「予想ヨリダイブ早イ到着デ困惑シテイマスヨ。姿ガ見エナイト思ッタラ、マサカスネークサンモコノ戦艦二搭乗シテイタトハ。灯台下暗シトハコノコトデスネェ」
「…御託はもういい。降参するなら今のうちだ」

ラグネルを構えてアイクが低い声で凄む。目に見えそうな殺気を放つアイクを前に、しかしウォッチは全く怯まず応えた。

「貴方タチ二恨ミハナイデスガ、信用サレテココヲ任サレタ以上、貴方タチヲ排除セネバナリマセン」

刹那、マルスたちの背後で低い咆哮が響く。振り返ると狭い通路にヘビーロブスターがぬうっと姿を現すところだった。その足元にはわらわらと亜空軍の尖兵たちが群がる。
が、ここまで来ていまさら逃げも隠れもする必要はない。マルス、アイクがウォッチに剣を向け、フォックスとスネークが重火器を構える。無論この抵抗すら予想通りというようにウォッチは再び声を上げた。

「フフフ、負ケマセンヨ?」

それを合図にアイクが地面を蹴り、ウォッチに袈裟がけに斬りかかった。直撃を被ったウォッチは易々と操舵室の操作卓に叩き付けられ、そこへマルスが畳みかけて強化ガラスを突き破り彼は甲板に放り出された。
そんなウォッチに追い縋るべきか一瞬決めあぐね、マルスは肩越しに背後のスネークとフォックスを見やる。スネークらは操舵室の一つしかない入口に殺到する亜空の兵士を堅実に倒し、特に苦戦している様子もない。ヘビーロブスターも威嚇するようにこちらを見下ろしてはいるが、狭い通路で身動きが取れないようだった。――手助けは不要。即座に断じ、マルスは砕けた窓ガラスを踏み越えて戦艦の甲板に降り立った。先に降りていたアイクの横に立ち、戦況を問う。が、アイクが何か答えるより早く空が暗くなり、思わず二人は揃って頭上を仰いだ。曇り空をなお黒く覆うそれは、影虫の大群である。

「なにが」

起きている、とアイクが言いかけ、そして口を噤んだ。四方八方から呼び寄せられるように集結した影虫が、一路ウォッチを目指して殺到する。べたべたと叩き付けるように影虫が一ヶ所に凝縮されていき、むくむくと奥行きを獲得し、数倍の大きさに膨れ上がっていく。ついにはマルスとアイクの二人を見下ろすまでに成長した平面世界の住人であるウォッチの厚みは、それに合わせて相応な体積を持ち、ハルバードの甲板も重みに耐えかねみしみしと軋む。今や見上げるほどになったウォッチの巨体を前に、マルスとアイクは茫然とした。
そこに現れたのは、巨大な戦車だった。巨大な車輪が車体を支え、全面には鋭利な刀剣を、背面に巨大な砲塔を持つ。明らかに見慣れない敵の出現に、マルスもアイクも口を開けてしばし反応に窮した。

『驚きました?影虫を使えばこんなことも出来ちゃうんですよ』
「こいつは…」
『この姿、デュオンといいます。以後お見知りおきを』

頭上から降ってくる声は、普段より流暢である。アイクはますます表情を険しくした。その声は紛れもなくウォッチのもの。マルスもまた、剣を正眼に構える。

「話を聞いてくれ…と言っても無駄かな」
『マルスさん、貴方の言葉に今どれほどの信用があるとお思いで?神にすら見放された貴方を同情しますよ。しかし…それでもまだ足掻くというなら、それは健気ではなく愚かです』
「あんたはおかしいと思わないのか。マスターハンドの言ってることは支離滅裂だ」
『エエ、そうですね。支離滅裂です。しかし私は創造神の肩を持ちますよ』

流腸ながらも無機質な声でデュオンが言った。デュオンの巨体を前に、さすがにいくらか冷静になったアイクが説得を試みるが、デュオンは聞く耳を持たないようだった。
アイクの返答を待つことなく、その巨体が刀剣を振りかざして二人に迫る。示し合わせることなく、マルスとアイクは左右に飛んでその攻撃をかわし反撃の構えを取るが、デュオンは切り返すことなく背面の砲塔から砲弾を射出。砲弾の着弾した整然と並べられた甲板の木板が、粉々に吹き飛んだ。

『まだ逃げる!まだ戦う!あまりに愚かであまりに哀れ!ならばいっそ私の手で引導を渡してやるのが、親切ってもんでしょう!?』
「…“余計な御世話”って知ってるか」

飛び退いた先で吹き荒ぶ風を受けながら、アイクが唸る。マルスは何も言えずに沈黙したが、デュオンは一旦冷静になったのか攻撃の手を止めて低く笑った。

『アイクさん、貴方はしばしば核心を突きますね』
「目を見開いて世界を見れば、何が正しいのかなんて一目瞭然だ」
『…素晴らしい実直さですね。愚直…とも言えますが。称賛に値する。では、マルスさん、貴方はどう思っているんです?』

褒めているのか貶しているのか、感情の読み取れない棒読みの後、デュオンがマルスに問う。マルスは険しい表情のまま答える。

「アイクの言う通りだ。生憎僕は、今の状況をそこまで悲観していなくてね」
『なんとも図々しい…いや。逞しい心をお持ちで』

人型の体があれば、やれやれと肩を竦めそうな呆れの強い物言いだった。

『まあ、でもね。正直理由はなんだっていいんですよ。今、この瞬間、私は貴方がたの敵で、貴方がたは私の獲物である』

何が正しく、何が正義か、それすらもどうでもいい。

『要は、勝った方が正しい。私たち、いつだってそうしてきたでしょう?』

話し合いも虚しく、再びデュオンは双剣を振り上げ、二人に向かって突進してきた。


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