世界よ、愛しています

*10

「…貴方は時の勇者を…リンクを知っているのか」

思わず、王子は問い返していた。ピットに助け起こされたリンクが目を見張る。ガノンドロフの眉間に深い皺が寄った。

「貴様こそ何故あやつのことを…」
「魔王!答えてくれ!!」

ガノンドロフの言葉を遮って王子が叫ぶ。より一層表情を険しくして、ガノンドロフは唸った。

「口の聞き方には気をつけるがいい、小僧。この儂に指図する気か?」

そして、ガノンドロフは腰に差した剣を抜いた。淡く燐光を放つそれを見詰め、王子もまた抜刀する。
王子は薄ら笑った。

「確かに、口で聞くより剣を合わせた方が早そうだ」
「愚かな」

刹那、ガノンドロフが地を蹴り、王子に肉薄する。王子もまた前方に飛び出した。が、王子はガノンドロフの剣を受けずに剣の切っ先で滑らせていなし、そのまますれ違い様に魔王の腹に斬り付ける。
短くガノンドロフは呻き、しかし怯むことなく身を翻すと駆け抜けようとしていた王子の背を蹴り飛ばす。王子はすんでのところで身を捩ってそれをかわし、バックステップで大きく魔王から距離を取った。

ガノンドロフが斬られた脇腹を撫でる。甲冑が抉られていたが、身体にまで剣は届かなかったようだ。
王子は再び冷笑を浮かべた。

「そんなものかい?」

王子に挑発されて、ガノンドロフは凄まじい形相で嗤った。

「舐めるな…小童が!」

魔王が吠えると同時に、彼の魔力が渦巻き、亡者の騎馬隊を召喚する。ピットが短く悲鳴を上げて、リンクは見覚えのあるガノンドロフの技に胃の縮む思いがしていた。
が、王子はひゅうと口笛など吹いてみせて、感心している様子はあれど、焦りの色は微塵もない。

「見たことない魔法だな。やはり貴方も“別人”か?」

言いながら、王子は迫り来る騎馬の群れを次々薙ぎ倒していく。ある者は騎手を落とされ、またある者は馬の足を斬られ、王子に向かった者から霧のように描き消えた。

「訳の分からんことを抜かすな」

勿論面白くないガノンドロフの表情は険しい。

「過去にも未来にも大魔王ガノンドロフはこの儂一人だ。転生を繰り返す愚かな勇者と一緒にするな」
「…転生?」

初めて王子の顔が曇る。瞬間、再び魔王が王子に斬りかかり、反応が遅れた王子の剣は魔王の剣を受けて悲鳴を上げた。王子は衝撃に大きく仰け反り、それでもなんとかガノンドロフとの鍔迫り合いを保つ。だが力の差は歴然だ。
ぎりぎりと王子を威圧しながら、ガノンドロフは低く唸る。

「時の勇者、かつて未来の世界で儂を封じた忌々しい餓鬼よ。もう会うことも無かろうと思うておったが、まさか再び転生してまで儂の前に現れようとは」

王子は魔王に押されながらも、魔王の紅い瞳を見上げてその言葉の意味を反芻していた。
未来の世界でガノンドロフは時の勇者に封じられた。つまり、今王子の目の前にいるのは“時の勇者に封じられなかった”魔王なのだ。先の世界でそれなりにハイラルの複雑な歴史事情を聞き及んでいた王子は、嗚呼と嘆息した。

「…つまり貴方は、子勇者君のいた“七年前”の世界のガノンドロフだと?」

意味が分からず魔王は王子の言葉に眉を顰めるが、王子は構わず続けた。

「そして彼は…リンクの生まれ変わりだって…?それじゃあ、彼は――」

王子はリンクを一瞥した。リンクはそれを睨み返す。ピットはリンクの肩を掴む手に力を込めた。
王子は再び魔王を見た。王子の剣がじりじりと魔王の剣を押し返し始めていた。

「彼は、リンクの“代わり”なんだ」
「何を…」
「彼がいるからリンクがいない…この世界は彼を選んだ!」

王子が叫び、鍔迫り合いが弾かれた。予想外の王子の力に魔王は押し返され、大きく隙が出来る。
ガノンドロフに態勢を立て直す隙すら与えず、王子は飛び上がって魔王の首に剣を突き立てた。
がっ、と短い呻きと共に、ガノンドロフの体が光に包まれる。それも一瞬のことで、光が消えて王子が目を開くと、彼の足元に魔王の姿を模した等身大の人形が転がっていた。
この世界では死の代わりに“人形(フィギュア)化”が訪れる。なんて茶番だ、と王子は吐き捨てた。

一部始終を見ていたリンクとピットは、信じがたい光景に言葉を失っていた。スマッシュブラザーズでは比類無き強さを誇る魔王が、あっさりと倒されたのだ。王子の強さにも驚いていたし、仲間を手にかけることを微塵も躊躇しないその精神状態には閉口するしかない。
ふと王子がリンクたちを振り返る。ひっとピットが悲鳴を上げた。
王子は冷ややかな笑みを美麗な顔に乗せて言った。

「“リンク君”、僕は君を認めないよ」
「…認めてもらわなくて結構」

リンクはマスターソードを支えに立ち上がり、王子と対峙した。ピットがその後ろでおろおろと二人の顔を見比べている。
王子は声を上げて笑った。

「ははっ、それじゃあ――」
「!…ピット、下がれ!」

滑るように王子が駆けてくる。リンクはピットを庇うように前に出て、王子の剣を受けた。腕が痺れるほどの衝撃が彼を襲う。
しかし、王子はリンクの予想に反し、泣きそうな顔で続けた。

「消えてくれるかな?」

間を置かず、王子がリンクに足払いをかけ、態勢を崩したリンクを王子が両断しようと剣を振り上げた。

「マルスさん、ごめんなさいっ」

が、そこへピットが神弓につがえた矢を放つ。光の残滓を引きながら飛来したそれは王子の鼻先を掠めた。隙の出来た王子にリンクが反撃を繰り出したが、敢え無く王子の神剣に弾かれる。
再び王子の攻撃がリンクに集中し、ついに決定的瞬間が訪れようとしていた。ピットの援護も間に合わず、リンクにとどめを刺さんと王子が剣を振り下ろす。
さすがにもうダメだ、とリンクは固く目を瞑った。

「!!」

しかし、響いたのは高らかな金属音である。
リンクが目を開けると、仮面を付けた青色の球体が、金色の剣で王子の剣を受けていた。
それはよく通る低い声で言った。

「…剣を収めよ、異国の王子」
「メタナイトさん!」

ピットが安堵の歓声を上げた。

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