世界よ、愛しています

*40

「問題は、こちらの行動が相手に筒抜けになっていることだと思う」

壁に張り付きながら、周囲を警戒するように見渡すフォックスと、それに倣う形で続くアイクとマルスは、小声で頷く。ふと見上げた先に、小型の監視カメラを発見し、すかさずフォックスはブラスターで撃ち抜いた。カメラは煙を上げて破砕する。マルスは舌打ちした。

「ジレンマだねえ。こちらの行動を監視するカメラを壊せば、僕らがここにいることがばれてしまう」
「だからこうやって“3歩進んで2歩下がって”んだろうが」

苛立ちが隠せないのはフォックスとて同じだ。彼らは地道に監視カメラを壊し、活動領域を広げつつ、しかしその行動を敵方に捕捉されるのを恐れ、思うように進めないでいる。その甲斐あっていまだ追手との遭遇はないが、それも時間の問題と思われた。
こういった実りの少ない行動は、アイクの気に入らないだろうとマルスは予期していたが、アイクは黙って従っていた。そんなアイクがようやく口を開いたのは、七個目の監視カメラを破壊した時のことだった。

「…あれは」

アイクが身を隠すこともせず不用意に通路から飛び出す。こら、とフォックスが小声で怒鳴ったが、アイクはそのまま走って通路の突き当たりでしゃがんだ。悠々とそのあとを付いて行ったマルスがその肩越しに彼の足もとを覗き込み、遅れて追い付いたフォックスが些か憤慨した様子で言った。

「お前ら!見つかったらどうするつもりだ!…って」
「これを」

アイクが短く言って指差した先には、破壊された監視カメラの残骸が転がっていた。フォックスの使うブラスターがレーザーで対象を焼き切るのに対し、こちらの残骸は鉛の銃弾で撃ち抜かれている。マルスは首を傾げた。

「僕らが壊したものじゃないね」
「どういうことだ?」
「俺たち以外の、誰かが壊したんだろう」

誰よりも冷静にそう述べたのはアイクである。フォックスは訳が分からないというように耳をピクつかせたが、マルスは僅かに考え込んだ後、ジト目でアイクを睨んだ。

「…もしかして、アイクは最初から誰かがここにいることを知ってたの」

振り返ってマルスらと向き直ったアイクは、少しバツが悪そうに俯いた。

「…いるだろうとは、思っていた。だが、確信はなかった」
「だったら、アイクとリンク君は人が悪い」

はぁ、と呆れたようにマルスが溜め息を吐くと、アイクはますますうろたえたように眉尻を下げた。一方全く話の見えないフォックスは、頭上に疑問符を飛ばすばかりである。

「おい、ちょっと待て。お前たち一体なんの話をしてる?なんでここでリンクの名前が」
「…すぐに分かるよ」

が、マルスもアイクも一切の説明の努力を放棄した。そして、それまでは緊張感の張り詰めた隠密行動をとっていた彼らが、途端に通路の真ん中を歩き出す。慌ててフォックスが窘めても聞く耳を持たず、そうして最初の曲がり角を曲がった時に、ようやくフォックスも状況理解に至ったのだった。
直線の通路には、等間隔で監視カメラが備え付けられていたが、しかし既にこれらは粉砕されて使い物にならなくなっていた。フォックスたちが破壊したものではない。これも先と同様鉛弾で撃ち抜かれている。だが、フォックスを状況理解に至らしめたのは、この光景ではなかった。
通路の脇には、不自然に置かれた段ボールがある。大きさとしてはかなり巨大な部類で、大型の家電でも入ろうかといったところ。無論、これの中に入っているのが家電製品などではないことを、フォックスたちは知っていた。

「なんでここに」

フォックスの問いは、段ボールに向かって投げかけられていた。が、当然ながら段ボールは沈黙して答えない。代わりにアイクが口を開いた。

「俺たちは破壊神の元に召喚され、タブーの野望を阻止してくれと頼まれた。この戦艦は、その時移動手段として破壊神が仮想空間から持ち出したものを譲り受けた」
「…つまり…」

それまで警戒の為にブラスターを構えていたフォックスは、肩を落として溜め息を落とした。

「破壊神に召喚され、この戦艦に乗っていたのはアイクとリンク、そして…」

フォックスはわなわなと肩を震わせる。そうしてびしりと段ボールを指差すと、今度は憚ることもなく大声で叫んだ。

「――スネーク!その三人だったってことかよ!!先に言えよ!」

すると、指を差された段ボールがむくりと持ち上がり、中から迷彩柄のスニーキングスーツを着込んだ中年男が現れる。男はマルス、アイク、フォックスの三人を見比べると不敵に笑い、「待たせたな」と一言。が、残念ながら切に助けを待っていたフォックスには、このジョークが通じなかったらしい。通路の真ん中で仁王立ちを決め込むスネークの太腿に、「今更遅いわァ!!」という怒号と共にフォックスの蹴りが吸い込まれた。

*
「あー、つまりだな」

腿に受けた蹴りの衝撃から未だ立ち直れないスネークは、内股に座りながら言った。

「ハルバードが亜空軍の襲撃を受けたとき、俺は操舵室でこの戦艦を操縦していた訳だ」
「じゃあ、貴方は最初から…」
「事情も聞いていたし、この戦艦に乗っていた。奴らがこの戦艦を乗っ取ったあとも、まあ隠れてやり過ごして、お前達の侵入に呼応する形でこうなった」

マルスの呟きに答える形でスネークが答える。アイクは腕組みしながら感心したように言った。

「よく今まで見つからなかったな」
「…お前、俺を誰だと思っている?」

が、それはむしろスネークの気に障ったようで、伝説の傭兵、隠密活動のエキスパートは不貞腐れたように口をへの字に曲げた。勿論アイクにその意味が推し量れるはずもないので、彼ははてなと首を傾げる。それを見たマルスが笑うと、スネークは表情を緩めて口角を吊り上げた。

「…しばらくぶりだが、だいぶ変わったな、お前さん」
「おかげ様でね」
「味方なら心強い。あの破壊神もお前のことは一目置いていたみたいだしな」

これにもマルスは笑って応える。年輩のこの男に余計な取り繕いは不要とみえた。そんなマルスを見て、ふっと小さく笑いを零すスネークは、ようやく重い腰を持ち上げると凝った肩を解すように叩き、それでも目には隠しきれない好戦的な光を湛え、通路の向こう――操舵室のある辺りを睨んだ。

「ここから操舵室に向かうまでの道に、もう監視カメラはないだろう。あとは敵に見つからないことを祈るだけだな」
「操舵室の場所は?」
「勿論俺が案内しよう」

フォックスが不安そうな声を出すと、スネークがそう答えた。一時はどうなることやらと思われたハルバード奪還作戦も、強力な味方を得て一気に見通しは明るい。

「さあ、ショウタイムだ」

スネークはばきばきと指の関節を慣らしながら歩き出した。

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