世界よ、愛しています

*38

「大丈夫かい、アイク」

マルスは隣でうなだれる青年の背をさすった。自分より一回りは大きい体格の青年は、しかし青い顔をして首を横に振った。かくいうマルスも先まで酷い乗り物酔いに苛まれていたのだが、アイクよりはだいぶマシだった。
そんな乗り物酔い二人の背後では、亜空軍とファイターたちの激しい戦闘が繰り広げられている。圧倒的に物量で勝る亜空軍だが、個人の戦闘能力が非常に高いファイター一行は、空酔い二人を守りつつ戦う余裕があったのだ。戦況は見るまでもなくこちらに分がある。
ほどなくして、現れた亜空軍は掃討されたのだった。

「情けねえなあ」

すっかりダウンしているアイクを見てのファルコの第一声である。アイクは恨むような眼つきでファルコを見た。フォックスは堅実な運転だったが、ファルコは無駄に動く、回る、加速するの連続で曲乗りといって差し支えない軌道を辿っていた。もしマルスがファルコのアーウィンに乗っていれば、マルスも間違いなくアイクと同じ道をたどっていただろう。
メタナイトがアイクの腰辺りを叩いた。

「吐きたいなら吐け。それと遠くを見ろ。辛いなら横になった方がいいぞ」
「そういや昔、“首筋や背中、股間に冷水を浴びせると船酔いに効く”って誰かが言ってた気が…」
「…遠慮する」

ファルコの言を聞き、違う意味で顔を青くしたアイクは、まだフラフラしているものの、マルスの手を借りて立ち上がった。まだ休めよ、との声をおしてのことだ。額には冷や汗が滲むが、彼は手の甲でそれを拭うと溜め息を吐いた。

「…モタモタしてはいられない。敵もまさかこれだけということはないだろう」
「そうだな。地道に掃討していくしかない」

メタナイトが自分の戦艦を見上げて言った。広い戦艦内には、どれだけの敵がいることだろうか。考えたくもない。

「まずは操舵室を奪還しよう。これだけの戦艦なんだ。操舵室に行けば、策敵も可能だろう、メタナイト」
「ふむ、防火扉を閉めて、敵勢を分断することもできるやもしれぬ」

文明水準の高いメタナイトとフォックス、ファルコらの会話は、しかし剣と魔法の国からやってきたアイクとマルスにとってはちんぷんかんぷんである。彼らは口を挟まず、方針の決定を待った。
ようやく、メタナイトが号令を下した。

「操舵室まで私が案内しよう。付いて来られよ」

先の甲板での戦いにて、相当数の亜空の兵が割かれたのか、艦内に敵影はなかった。ゴウンゴウンと戦艦の動力源から低く響くような音がする以外、物音すらしないのである。
罠があるやも、とは誰もが口に出さずとも理解していた。だからだろう、初めて現れた人影に、全員が一斉に武器を構えた時の気迫たるや、鬼気迫るものがあったのだった。
現れた人影は、きゃあと悲鳴を上げた。

「待って、待って頂戴。私よ、武器を下ろして」

ふわりと広がる桃色のドレスに、長い金髪の下からくりくりとした碧眼が懇願している。恐らく敵でもみな攻撃の手を緩めただろうその人は、彼らの仲間だった。

「ピーチ!」

フォックスが真っ先に武器を降ろす。ピーチは安堵したように微笑んだ。

「良かった、貴方達に会えて。突然ここに連れて来られて、不安だったの」
「デデデの奴が保護したんじゃなかったのか?」
「さあ、目が覚めたらここにいたわ」

可愛らしく首を傾げるピーチに、一気に毒毛を抜かれたか、ファルコも武器をしまい、メタナイトとアイクも剣を下ろす。ただ一人、マルスだけが油断なく剣を構えたままで、フォックスが苦笑しながら言った。

「マルス、覚えてないかもしれんが、ピーチは仲間だぞ。警戒しなくていい」
「勿論、ピーチ姫のことは覚えているよ。だから、警戒しなくてはならない」

マルスは剣を構えたまま歩み出る。うろたえた風のメタナイトらを背に、マルスは厳しい表情で言った。

「貴方がピーチ姫なら、僕を知っているね」
「…ええ、マルス。勿論知っているわ」

剣を向けられてなお、ピーチは笑みを崩さずに答えた。しかしマルスは表情を緩めなかった。

「貴方が本当に僕らと過ごしていたピーチ姫なら、僕が誰かを斬り付けて大怪我させたことを知っているよね」
「……」

ピーチは黙り込んだ。心なし笑みも凍り付いたようだった。王子は冷たい声で吐き捨てた。

「答えてくれないかい」

長い沈黙が流れる。ようやくピーチは口を開いたが、その声にはだいぶ覇気が無かった。

「…あまりよく覚えていないわ。確か…ワリオだったかしら?」

マルスは剣を構えたまま、微動だにしなかった。が、ピーチの言を聞いた後、全員が一斉に武器を構えなおした。ここでようやく、ピーチは笑みを引っ込めて後ずさる。が、刹那に踏み込んで神速の突きを繰り出した王子の剣から逃れることは出来なかった。
聞くに堪えない断末魔を上げ、ピーチの体は貫かれる。が、血が噴き出すことはなく、ピーチの体は亜空軍の兵士と同様黒い影虫となって霧散した。その影虫が全て消え去るのを待ってから、ファルコが叫んだ。

「なんだ今のは!どういうことだ」
「ワリオから聞いただろう、ウォッチの体から量産される影虫が、あらゆるもののコピーを生み出せると」

冷静に剣を払って鞘に納めるマルス。勿論、本物とまったく区別のつかない偽物が出現したことも驚きだったが、そんな偽物を一瞬で見抜いたマルスにも驚愕と畏怖の念が隠せない。

「何故偽物だと?」

率直にアイクが問うと、マルスは「ふむ」と首を傾げた。

「変、だっただろう」
「変?」
「ピーチ姫なら、武器を向けられてもあんな風に命乞いしないと思うんだよ」

恐らく本物なら、こちらの誤解が解けるのを待つでもなく、強引に笑いながら突進してくる。根拠としてはあまりに弱いが、マルスのこういった違和感は常に当たっていた。
そうか、とアイクはすんなり納得したが、フォックスらはいまだ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
が、マルスは安堵の表情にはならなかった。

「これはまずいな」
「どうした」
「ピーチ姫は、フィギュアとして大王が保護していたはずだ。そのコピーが存在するということは、オリジナルは敵の手に…?いや、もしかすると大王と合流しようとしていたマリオたちの身にも何か――」
「考えても仕方ない」

メタナイトがマルスの考察をぶった切る。

「陛下らが無事であるにせよ、そうでないにせよ、我々はこの戦艦を奪取せねばなるまい。色々と考えるのはそれからだ」
「確かにな」

フォックスが再びブラスターを構える。何事かと全員がフォックスの視線を辿ると、通路の向こうからまたピーチが歩いてくるところだった。一人ならまだしも、何十人と数え切れないほどである。その全身から溢れる殺気から、本物の彼女でないことは明白だった。

「嫌な光景だぜ」
「仲間と同じ姿をしているヤツを倒すのは気が引けるが…」

ファルコが舌打ち混じりに言う。当然フォックス、メタナイトもいい気分でないが、マルスとアイクはそういったことを気にしていないのか、常と変わらぬ調子で剣を構えた。

「向かってくるなら敵だ。安心したまえ、仮に本物でも彼女は人形化するだけだ」
「分かってるけどさ」
「ならば、健闘を祈ろう」

それきり彼らに会話らしい会話はなく、通路が戦場と化した。

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